ジロとドロとヴァイオリン(5/7)

つぎの日の午後、ボクはサロンのじゅうたんにうずくまっておひるねをしていた。りつ子さんはソファーに横になって本をひろげたままねむっている。
ボクは目をあけた。
あ、また来た。ドロはしなやかに、窓からりつ子さんの頭の上をとびこえてボクのお茶わんのあるところへ直行し、いつものようにガツガツと食べはじめたのだ。
とつぜん・・・あれ? ふしぎ! また、あのキィ、キィ、キィーのヴァイオリンがきこえてきたのだった。
きらきら光る、お空の星よ・・・
りつ子さんがヴァイオリンにあわせて口ずさんでいたっけ。とってもそぼくで、かいかつなメロディー、モーツアルトのかわいいれんしゅうきょく。小学校の音楽の時間を思い出すわねぇ、なんてつぶやいてたけど。
なのにドロったら、悪魔の啓示(けいじ)にでもかかったように、食べるのをやめて、苦しそうにあえぐぐように首を動かすのだ。
ヴァイオリンの音にとびおきたりつ子さんは、こんがらがった頭で、天井を見上げている。りつ子さんはソファーからとびおりると、かいだんをとぶように上っていった。
「ステファノ! 言ったでしょう」
りつ子さんのちょっときびしい声がきこえてくる。
「おとなりのおじいちゃんがおひるねするから、午後はぜったい、ヴァイオリンをひかないでって」
「ごめんなさい、りつ子おばちゃん。ボク、そんなつもりではまったくなかったの。ボクもおひるねしてたんだけど、ぱっと目がさめてね、しょうどうてきにひきたくなったの。自分でも分からないの。どうしてそんな気持ちになったのか」

翌日は一日中ドロは来なかった。
ボクはすっかり安心してしまった。もうドロは来ないのだ。ドロはステファノのヴァイオリンの音がきらいなのだ。
ステファノがかなでるヴァイオリンは、ドロにとって、のろいの音なのだ、きっと。
ステファノがローマに帰らずに、もっとここにいてくれたらいいのになあと思う。
「ジロはこのごろ、ぱっぱっと食べてしまうのでたすかるけど、ときどきはいてしまうみたいね。あわてないで食べるのよ。胃がふつうよりもちょっと上のほうについているんだから注意しないと。ところで、ドロをみないわねぇ」

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すむらけんじ について

山口県出身。東京芸大工芸科卒業後、富士フイルム宣伝部に勤務。その後イタリアへ。ミラノで広告、パッケージののためのイラストレイター(フリー)として現在にいたる。 趣味は旅行、クラシック音楽、とくにオペラ。ミラノで4匹目の猫を飼っている。自分の描いたイラストを入れて、猫をテーマに短い物語や生活のことを書きたい。