マーポのクリスマスイヴ(5/9)

文と絵・すむらけんじ

ステッラは、受話器をおき、さっそく旦那にめいれいする。
「マーポを物置から出してかごに入れるのよ。気をつけて。きょうぼうなんだから!」
ぼくはでっかい雨靴の横で小さくうずくまっていたけど、いきなりぱっとドアが開いて、明るい電灯を背に黒いすがたを見た。
「臭え! マーポのやつ、もらしてしまったらしいな」
そうなんだ。ここへ逃げ込んだとき、興奮のあまりひきつけを起こしたらしく、もらしちゃったのだ。おもらしは、死期も間近い老ネコのやることだと聞いていたのに。たった3歳の若さで、もうこのしまつとは!

「マーポ。いい子だから出ておいで」
女房よりも人間的なロメオが、ぼくをけったりなぐったりしないのは分かっている。でも、ダヴィデの家に行きたくないのだ。
ぼくはさしだしたロメオの手をすりぬけると、物おきを飛び出し廊下を走りだした。そのときぐうぜんステッラがサロンを出てきたのである。
ステッラよ、今日はボクと同じくまったくついてないんだね。僕は彼女の足元をくぐるとサロンにふたたびび突進したのだった。ソファーの上にふわりと置いてあった、あの破れたウエディングドレスの上にかけ上がり、テレビからテーブルへ、飾りだなへと・・・瀬戸物の人形といちりんざしが床に落ちてこっぱみじん、水が飛びちる。

「ああ、終局だわ! こいつめ、殺してやる!」
ステッラのぜつぼう的な叫びが追ってくる・・・。

「なんだか臭えなあ、こいつ」
日が沈ずみはじめた灰色のいなか道を、ぽんこつのフィアット・プントを運転しながら、ダヴィデはふきげんそうにひとりごとをいった。
サロンで、夫婦2人がかりでとらえられたぼくはカゴの中におしこめられ、ダヴィデが訪れるまでの2時間を、暖房のまちかくにおらされたから、毛はかんぜんにかわいて、黄金色にふっくらと形をなしていた。でも、においまではとれなかった。
「これでよしと。水びたしではかぜを引くからな。それにネコのぬれざまほど、さまにならないものはないのだから。あんまりおいたしないでダヴィデに可愛がられるのだぞ。そうだ、ねんのため、ちょいとオーデコロンをふっとこうか」

ひと間のダヴィデのアパートは、思いのほか広いが、その混雑ぶりはすごい。そうじなんか何ヶ月もしてないみたいだ。しかもめっぽうさむい。だんぼうは完全に切れているのだ。
ぼくが「ミャーン!」と泣いたので、ダヴィデは、あわてくさって「おまえ、ウンチがしたいのかよ」といいながらこわごわとおりから出してくれた。かごの中でされたらたまったもんではないと思ったにちがいない。ネコは犬とちってそんなだらしない動物ではないことを知らないようだ。彼はすなばこを部屋のかどにおいた。

それからダヴィデは冷蔵庫からサラミソーセージと生ハムのはし切れを取りだし、かたそうなパンにはさんでがつがつと食べ、グイーッとワインをひっかけて、いかにもまずそうに顔をしかめた。そしてベッドにもぐり込もうとしている。ぼくのごはんのことは忘れているのだ。
TMマーポ5〈おなかぺこぺこなんだよー。今日、まる一日何も食べてないんだよーっ〉
ぼくがさいそくがましく泣きつづけているので、ダヴィデはベッドに片ほうのひざをのっけたまま、不思議そうに僕を見た。そしてやっとなっとくできたらしく、袋からかんづめを取りだしてふたをあけたのだった。ムースのかおりが僕の空きっぱらを刺激し、グーと胃袋がなる。
「こいつ、ネコのくせにこんなうまそうなものくいやがって」
彼はかんに鼻を近づけてにクンクンやっていたけど、やがて意をけっしたように、ひきだしからスプーンを取り出すと、まるでパンナコッタでもたべるように、すくって口に入れたのだった。
「ゲーェ!」

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すむらけんじ について

山口県出身。東京芸大工芸科卒業後、富士フイルム宣伝部に勤務。その後イタリアへ。ミラノで広告、パッケージののためのイラストレイター(フリー)として現在にいたる。 趣味は旅行、クラシック音楽、とくにオペラ。ミラノで4匹目の猫を飼っている。自分の描いたイラストを入れて、猫をテーマに短い物語や生活のことを書きたい。