ラムネスイッチ(2/5)

文・小林雅野  

「ヘイ! ユー!」
うしろから、明るく声をかけられた。
「ストップ。ストーップ」
ふりむくと、そこには、見たこともないやつが立っていた。
大きさは、ぼくと同じくらい。
英語のアルファベットの大文字と小文字が、黒い虫みたいにウネウネしながらからまり合い、人間っぽい形をつくっている。
目も、鼻も、口も、アルファベットでできていて、動く文字のすきまから、むこうの景色が見えるんだ。

「ひええ。おばけえ」
さけんだつもりだったけど、かすれた声しか出ない。
そいつは、ぼくのパニックにおかまいなしに、地面のラムネを指さした。
「スウィッチ」
しゃべると、口の形がOになったり、Hになったりする。
「ス、ウィー、ッチ」
月に何度か学校に来る、英語のトム先生みたいな発音だ。
声まで、ちょっと似ている。
トム先生の教える歌やゲームは楽しくて、勉強ぎらいのぼくも、アルファベットが読めるようになったんだ。
ようちゃんは、
「学校の英語は、かんたんすぎる」
なんて、言うけどさ。
トム先生に声が似てるなら、こいつも、悪いやつじゃないのかも。

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小林雅野 について

(こばやしまさの) 東京都出身。早稲田大学教育学部卒。一児の母。子育てしながら文筆活動、里山保全活動をしています。 旧姓:西沢での著書に『イボ記』(小学館)。表題作は女子大生の足指のイボをめぐる異色青春小説。併録の『おしえない』は黄面と呼ばれる異形たちの国に迷い込んだ人間が出会う不条理奇譚。現在は電子書籍ストアにて発売中(イボ記』)。 ブログ:糸の器ブログ HP:糸の器