記憶を失ったボビー(4/7)

文と絵・すむらけんじ

ある午後、ルチオが花だんに水をまいていたときだ。
ボクは彼のすぐ近くで、それをながめていた。
ボクの足もとに水がかかったとき、とっても気持ちがいいので、さいそくするように「ミャン!」と小さくないた。
ルチオはおもしろがって、また、ちらっとかけてくれたので、また「ミャン、ミャン!」とないてみせた。
リンリンが植木の間から ながめていたけど、恐怖のために顔は引きつり、うめき声を出さんばかりだった。
「リンリン、お前もシャワーがしたいのかい?」
おどけ者のルチオは手にしていたホースをいきなり高く持ち上げ、リンリンの方に向けたので、水がいきおい良く飛んでリンリンにかかったのだ。
ぬれねずみになったリンリンはするどいいさけびを上げ、家の中にすがたを消してしまった。
ルチオは何とひどいことをしたのだろう。
リンリンはすごい「水きょうふ症」なのだ。その夜、ルチオが戸じまりのため庭を歩いているときに、リンリンはいきなり彼に飛びかかり、顔を強く引っかいたのだった。そしていねむりをしていたボクをするどい爪をたててひっかいた。
そしてとても価値のあるペルシャじゅうたんにめちゃくちゃに爪をたて、ぼろぼろにしてしまったりした。

ボクは決心して、まだ皆が寝ている朝はやく、そっとその家を後にしたのだった。
やさしい老姉妹がきっと悲しがるに違いないと思うと辛かったけど、他に方法がなかった。
ボクがいなくなれば、きっとリンリンはいくらかおだやかになるにちがいない。
音楽のような水のせせらぎをききながら川にそって歩きつづけていると、小さな森を遠くに見たので、そっちの方に歩いていった。
記憶をなくした4ベンチに腰かけて2人の女の人が編み物をしながら、楽しそうに話していた。
ボクが近くでお座りしてながめていたら、太った方の奥さんが、
「ニコレッタ、この猫、あなたの方ばかり見てるわ。きっと気に入っちゃったのね」
と笑った。
「あらっ、この猫ちゃん、子どものころ飼っていたボビィにそっくりだわ」
そしてボクをだきあげてくれた。
とっても良さそうな人で、ボクはすぐに気に入ってしまったから、彼女らが家に向かって歩き出したとき、後ろからついて行った。

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すむらけんじ について

山口県出身。東京芸大工芸科卒業後、富士フイルム宣伝部に勤務。その後イタリアへ。ミラノで広告、パッケージののためのイラストレイター(フリー)として現在にいたる。 趣味は旅行、クラシック音楽、とくにオペラ。ミラノで4匹目の猫を飼っている。自分の描いたイラストを入れて、猫をテーマに短い物語や生活のことを書きたい。