記憶を失ったボビー(5/7)

文と絵・すむらけんじ

ニコレッタさんの家では2人の男が、テラスのゆかの修理をしていた。
古いタイルの色がはげたり、欠けたりしているので、まっ白な大理石に変えることになったのだ。
ボクが隅っこに座って彼らを見ていたら、肩に入れ墨をした職人が言った。
「ミーチョ! そんなにオレたちの仕事が珍しいのかい? それともオレの入れ墨に見とれているのかい? オレはな、昔は船のりだったんだよ。ああ、あの頃はよかったなあ。夢と冒険があったよ」
そして若いあいぼうに言った。
「このネコは迷い猫なんだってさ。野良猫みたいにしょボクれてないし、太って、つやつやしてるじゃあないか。食い物がいいんだよ、きっと」
「お育ちもいいのよ、きっと。そう見えない?」
せんたく物をほしながら、ニコレッタさんが言った。
「わたしが子どものころ飼っていたネコのボビーにとってもにているの。だからボビーって名前をつけたの」
「こんなところにまよいこんで来たのは、いったいどういううわけでしょうかね」
「さあねえ、もしかしたら自由を愛するネコなのかもね。ほうろうするのがすきな猫ちゃん・・・」
「片足の爪のところがちょっぴり白いのがイキだな。幸運のしるしかな?」
「ちょっと珍しいわね。あたしも初めてよ」
「夜はベッドの足もとで寝るんですかい?」
「夏がすぎるまでテラスに小さなカゴをおいて、そこに寝かせているんだけど。主人が動物を家の中に入れたがらないのよ。最初のころは家の中に入りたがったみたいけど、すぐになれたの。とってもきき分けがいいの、ボビーって」

カード1星がいっぱいの夜だ。
植え込みの中にホタルがふーっと飛んでいる。
この近くには小さな沼があるので、ここまでまよい込んで来るんだとニコレッタさんが言っていたけど。
翌日テラスの修理もやっと終った。
サロンでは大勢のお客さんたちが楽しそうに食事中だ。
今日はニコレッタさんの誕生日なのである。
星がいっぱい間近くでかがやいている。
こんなにすばらしいひと時には、誰でも幸せな気持ちになるものだ。
でもふっと考えるんだ。ボクにだって家族がいたのではないだろうか。どうしてボクはひとりぼっちで、こんなところまで来たんだろうか、なんて・・・

いきなり大きな手がボクをしっかりつかみ、あっというまに袋の中に詰め込まれた。
「早くするんだ! 泣き出すと手におえんからな。客がテラスに出てくる前にさっさとずらかろうぜ」

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すむらけんじ について

山口県出身。東京芸大工芸科卒業後、富士フイルム宣伝部に勤務。その後イタリアへ。ミラノで広告、パッケージののためのイラストレイター(フリー)として現在にいたる。 趣味は旅行、クラシック音楽、とくにオペラ。ミラノで4匹目の猫を飼っている。自分の描いたイラストを入れて、猫をテーマに短い物語や生活のことを書きたい。