シアトル発作品レビュー:クリスマスは、願いが叶う

クリスマス人形のねがい書影クリスマス人形のねがい
ルーマー・ゴッデン 著
バーバラ・クーニー 絵
掛川恭子 訳
岩波書店

米国の北西部(ノースウエスト)の街・シアトルより、絵本レビューをお届けします。
シアトルは、穏やかな海、鏡のような湖、深い針葉樹の森、富士に似た霊峰レニア山など、自然に囲まれた美しい街。
私はここシアトルを始め、米国の土地で、二人の男児を育ててきました。子どもたちはもう成人しましたが、たくさんの素敵なお話の世界を、心の中に一緒に残せたことは、一生の宝だと思っていますし、私が子どもの頃に、図書室で出合った、ライオンや妖精やおばけたちに、もう一度会うことができました。息子たちと楽しんだ海外児童文学を、少しずつご紹介したいと思います。

12月。街はクリスマスの飾りやイルミネーションでキラキラとし、気温は低く霜の降りた街もなんとも暖かい雰囲気があふれています。今回はこんな季節にぴったりの素敵なお話をご紹介します。私の「大好きな絵本作家の10人」には絶対ノミネートのバーバラ・クーニー。

バーバラは20世紀当初、米国生まれ。たくさんの絵本を残しました。彼女の作品は、かわいい素朴な画風なのですが、全作品を通して、その絵の中に厳格な雰囲気も感じます。
といっても、冷たい感じではなく、100年くらい前の古き良き時代に、毎日を正直に紡ぐように生きてきたアメリカ東部の人々の「清貧な美しい佇まい」というのでしょうか。たくさんのモノも情報もなかった時代だけど、日常の静謐さの中にある温かみが伝わってくる絵が描かれていると思います。

今回は、クリスマスにちなみ、バーバラが挿絵を担当した、ルーマー・ゴッデンの作品”The Holly and the Ivy”(『クリスマス人形のねがい』)をご紹介します。
絵本ですが、ちょっと大きな子向き、もしくは私たち大人向きのお話です(個人的に、すべての絵本は、むしろ、日常に忙殺される、私たち大人向きなのかも、と思うのですが・・・)。

This is a story about wishing. (これは、ねがいごとのお話です)
この一文で始まるこのお話は、20世紀初頭のアメリカの孤児の女の子、そして小さな街のおもちゃ屋さんで置き忘れられたお人形が主人公。家族と一緒に暖かい部屋ですごし、クリスマスにはみんなと同じようにプレゼントの包みが欲しい「ねがい」をもつ女の子。クリスマスには、優しい持ち主のところにたどり着きたい「ねがい」をもつ人形。
偶然が重なって、重なって・・・女の子にも、お人形にも、素敵なことになってきます。

If I had not found the key….
If I had not gone to Mr. Jones….
If Mr. Jones had not bought the Christmas tree….

昔英文法のクラスで習った仮定法の文章がたくさん出てくるエンディング。「もし○○○しなかったら、○○○○○にならなかっただろう・・・」
たくさんの偶然が実現したのは、女の子と人形が、心からねがったから・・・。
大人になると、「ねがったからって、そうそう簡単に叶うわけないよ」と、ちょっと諦めてしまってるところがありますね。
このお話は、「偶然はねがいによって叶うもの」と、大人がすっかり忘れてしまったことを思い出させてくれるお話でもあると思うのです。もしかしたら叶わないかもしれないけど、ねがっているだけで、なんだか幸せに近づいてる、引き寄せられている・・・そんな気持ちになれるかも。

クーニーのあたたかな絵を見ていると、心がなんだかほっこり温かくなります。クリスマス時期は、一番ねがいが叶いそうな気がする気がする季節。子どもの頃のように無心に純真に、ねがいを掛けてみようと思ってしまいました。

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久美子 ローレンス について

明治生まれの祖父母・大叔母と、能楽師の両親と、昭和30年代の埼玉の里山で、和の世界・四季折々の田園の自然に触れて育つ。絵を描くことと図書館が好きな少女時代、漫画を描くことにも傾倒。アメリカ人のアジア演劇研究者と結婚。ふたりの子育てを終えてから、再び絵を描きだし、40代にして墨絵に出会う。能楽物語、インド古典など、世界の文芸をテーマにしたオリジナル作品を夫と共同制作。アメリカの文芸誌Parabola Magazine などに古典文学シリーズを連載中。米国シアトル在住。ウェブサイト:Sumi Kumi Works