マーポのクリスマスイヴ(4/9)

文と絵・すむらけんじ

ステッラのやつ、しっかとぼくを抱きこむと、思い切り打つ。2度、3度・・・すごいビンタでしびれそう、でも、レースに食いこんだツメはそう簡単にはずせない。ステッラもぼくも夢中だった。
ついにステッラはぼくの前足をつかむと、やっと引きはなしたのだった。ぼくがくるりと向きを変えたとき、彼女の胸を思いっきりひっかいてやった。ひめいをあげてステッラがちょっと力をぬいたとき、ぼくはさっと身をかわして床におりると部屋の外へ走りだした。

どこへ逃げればいいのだろう。冬だからどの窓もしまっていて、ぼくの得意なジャンプで窓から外へ飛びだすことは不可能だ。台所のすみに納屋に通じる小さな穴がある。あそこをくぐりぬけてしまえばあとはかんたん、いやかんたんなはずなのだけど・・・。
でも、そんなところでもぞもぞやっていたら、ステッラにしっぽをつかまえられて引きもどされて、またぶたれるだろう。ステッラはかーっとなったら、なにがなんだかわからなくなるちょう過激派なのだから・・・。

「マーポのやつ、ずいぶん派手なことやってくれたな」
ごちゃごちゃした中に身をよせて、ひと眠りして目がさめたとき、ロメオの声をかすかに聞いた。あのときいったいどこへ逃げこんだのだったけ。ぼくは泣きさけんでいた。このまっくらな場所はどこだろう・・・。ああそうだった。物置の中に逃げこんだのだ。
ここには靴やかさや古い雑誌やぼく専用のカゴ、そのほかなんやかやとつまっている物置なのである。ステッラはこれ以上しっつこくぼくを追っかけようとはしなかった。それどころかカギまで掛けてしまったのだ。

「あんた、あのネコ、どっかにすてて来て!」
仕事からもどってきた夫に、ステッラはヒステリックにさけんでいた。
「すてて来い、とかんたんに言ったってさ。ローザに『マーポは元気?』なんて言われたらどうするんだい?」
・・・しばらくの沈黙のあと。
「いい案があるわ」と、ステッラのかたい声がする。
「ダヴィデにあずかってもらうわ」

え? そんなことしないでくれよ。ダヴィデはステッラの弟で大のネコぎらい。ぼくが姿を見せただけでまっさおになって、しーっ、しーっと追い払おうとする小心なやつ、どんなネコだって彼をすきになるものずきはいないだろうよ。

「ダヴィデ? あたしよ。うちは今、仕事でてんてこまいなの。あんたしばらくマーポをあずかってくれない? そんな長いあいだではないのよ。お正月が終るまで・・・。
そりゃあ、あんたがネコをあまり好きでないってことは知ってるわよ。でも犬とちがって朝夕散歩に連れていったりするめんどうもないしさ、一日一度、缶詰をやってくれればいいの・・・。
いちいちめんどう見なくっても、ネコは自分で砂箱の中に用を足すからだいじょうぶ。砂と箱はちゃんとこっちで準備するから。
え?ベッドにごそごそはいってくるって? そんなことぜったいにないったら!
どう、姉さんのたのみをきいてくれるの? くれないの?・・・そう、いやなのね。けっていてき? わかったわ、あたしもこれで、あんたに来月のおこずかいあげなくてすむので助かったわ。・・・ダメ、物事はすべてギブアンドテイク、姉弟だって同じことよ。ところで仕事はみつかったの?・・・まだ失業中? じゃあ切るわよ、良いクリスマスをむかえなさいね」
ガチャンと受話器をおく音がした。でもすぐにベルがけたたましくなりひびいた。
「予想どうりだわ」
勝ちほこったステッラの声。
TMマーポ4「ダヴィデ? あんたなの?・・・あら、OKしてくれるの? ありがと。じゃあ今日中に引き取りにきてくれる?・・・え? なによそれ、我が家も大変なのしってるでしょ。来年からまた家賃があがるのよ。
あんたのお小遣い毎月250ユーロねんしゅつするだけでも精いっぱいなのに・・・。しようがないわねえ、じゃあ、いくらかうわのせするわ。あまり遅くならないできてね。今夜は夕食は期待しないできて、わるいけど」

すむらけんじ について

山口県出身。東京芸大工芸科卒業後、富士フイルム宣伝部に勤務。その後イタリアへ。ミラノで広告、パッケージののためのイラストレイター(フリー)として現在にいたる。 趣味は旅行、クラシック音楽、とくにオペラ。ミラノで4匹目の猫を飼っている。自分の描いたイラストを入れて、猫をテーマに短い物語や生活のことを書きたい。