今もまだ大切な小さな物語

絵本『シリンはクリスマスツリーがほしい』の表紙とエアランゲン市の市街

一方、私の住むエアランゲンという「町」に目を転じると、この町はかつてフランスの宗教難民を引き受けたことがあり、彼らが持っていた技術が都市の経済発展をもたらした歴史的経験も持っています。そして、そういう歴史を町のアイデンティティにまで高めています。加えて、この町のムスリムの代表も都市社会の中で共存しようとしています。ちなみにムスリムの住人は同市に4,000人ぐらいいるらしい。

◆まだまだ今日的
これまでも紹介したように、ドイツ社会を見ていると、文化プログラムは「楽しみ」「交流」「教育」といった様々な役割を果たしています。さらに「歴史」「コミュニティのアイデンティティ」「価値」といった様々な角度から、時には感情に直接ふれるような手法で「社会の形」を確認します。場合によっては、社会の形を模索せざるを得ないような「挑発」をおこなっています。

絵本『シリンはクリスマスツリーがほしい』も、そんなドイツ社会にあるわけです。教科書に登場することもあったようですし、エアランゲン市営劇場の小劇場で2003年に演劇作品として上演されたこともある。

日本でも報じられているように、近年、難民の大量流入はドイツ社会に様々な課題や問題を投げかけています。毎年クリスマスシーズンになると、エアランゲン市街の広場ではクリスマス市場が開かれますが、2015年には平和と共存を願って、市民や難民らがともにクリスマスを祝う催しが行われました。その文化プログラムの1つは『シリンはクリスマスツリーがほしい』の演劇作品の上演でした。20世紀の終わりに出版されたこの絵本、21世紀に入ってもまだまだ今日的であるようです。(了)

筆者のHP:インターローカルジャーナル
筆者の著書についてはこちらから →高松平藏さんの新刊が発売となりました!

高松平藏 について

(たかまつ へいぞう) ドイツ在住ジャーナリスト。取材分野は文化・芸術、経済、スポーツ、環境問題など多岐にわたるが、いずれも住まいしているエアランゲン市および周辺地域で取材。日独の生活習慣や社会システムの比較をベースに地域社会のビジョンをさぐるような視点で執筆している。一時帰国の際には大学、自治体などを対象に講演活動を行っている。 著書に『エコライフ ドイツと日本どう違う』(化学同人/妻・アンドレアとの共著 2003年)、『ドイツの地方都市はなぜ元気なのか』(学芸出版 2008年)のほかに、市内幼稚園のダンスプロジェクトを1年にわたり撮影した写真集「AUF-TAKT IM TAKT KON-TAKT」(2010年)がある。1969年、奈良県生まれ。 HP;インターローカルジャーナル