WEB版『BOOK&another story』(4/5)

文・田村理江   絵・小野寺美樹

「君も家出?」
聞くと、彼女は壁の額を指さした。
「私の家は、30年も前から、あそこ。たまに、こっちに来るの」
額にライトを当てると、真昼の浜辺を描いた油絵で、まん中に置かれたデッキチェアは、からっぽだった。

今度は少女にライトを向ける。清楚で可憐で、良いとこばかりでできたような姿をしている。
少女は微笑む。
「家出したのなら、あそこへ行けば?」
僕は少女に手を引かれ、額の前に立つ。少女が僕の背中をグイと押す。驚くほど強い力。
ハッとした次の瞬間、潮の匂いや眩しい太陽の光を感じ、腿の下には熱くなったデッキチェアの固さ。

東京では、皆が僕を探している頃か? この町のじいちゃん家にも連絡が行き、ここにも探しに来るかもしれない。でも見つからない。
僕は名も知らぬ彼女に「こっちへおいで」と呼びかける。
初恋を成就させる。それが僕の使命だと、今、気づいた。

田村理江 について

(たむら りえ)東京都生まれ 成蹊大学文学部日本文学科卒業。日本児童文学者協会第15期文学学校を終了。 第6回福島正実記念SF童話賞を受賞して、『ガールフレンドは宇宙魔女』(岩崎書店)を出版。 児童書の作品に『リトル・ダンサー』(国土社)、『夜の学校』(文研出版)、『魔の森はすぐそこに・・・』(偕成社)など。絵本の作品に『ふなのりたんていラッタさん』(フレーベル館)、『ハンカチのぼうけん』(すずき出版)など。 HP:田村理江のページ

小野寺美樹 について

(おのでら みき)1995年千葉県生まれ。学習院大学卒業後、武蔵野美術大学造形学部に編入。2012年春から毎年、『BOOK展』(ギャラリーウシン)に絵画作品やポストカードを出品。