いすから去った王子(7/7)

文・伊藤由美   絵・伊藤耀

「私はいすにすわりました。30日。50日。70日。
弟がしんぼうした日数をこえたころから、私は、苦しくて、つらくて、がまんが、今にも、切れそうになっていました。

心のささえは、塔のお部屋の窓にうつる、王女様のかげ。
その王女様が、ただ、一言、『もう、おやめください』と言ってくれたら。
家来に、たった一言、『あの方をむかえに行きなさい』と言ってくれたら。
けれども、そんなきせきは起こりませんでした」
王女は赤くなって、うつむきました。

逆に、王様のみけんには、けわしいしわができ、にくらしげに、北の王をにらんでいます。
「80日目に、母が来ました。病が重くなり、明日をも知れない父王のことを知らせに。
母は、私に、帰ってくるように、せがみました。
『こんなに苦しんでいるお前を見捨てておくような、心の冷たい女を妻にしたこところで、決して、幸せにはなれません』
と、言って」
実は、それまでに、王子の恋心はどこかに消えてしまっていました。だから、母親といっしょに、すぐに、国に帰ることもできたのです。

「でも、私がそうしなかったのは、くやしくてならなかったからです。
あなた方は、私のしたことをむごいと言う。
だが、こんなバカげた仕方で、弟や、私や、他の若い命をもてあそんできたあなた方の方が、よほど、むごいではありませんか?」

王女への気持ちが、すっかり、冷めていたにもかかわらず、99日目まで、いすにしがみついていられたのは、
「ただただ、あなた方にしっぺ返しがしたかったからなのです」
と、ワタリガラスの王子は結んだのでした。

伊藤由美 について

宮城県石巻市生まれ。福井市在住。 ブログ「絵とおはなしのくに」を運営するほか、絵本・童話の創作Online「新作の嵐」に作品多数掲載。HP:絵とおはなしのくに

伊藤 耀 について

(いとう ひかる)福井県福井市生まれ。福井市在住。10代からうさぎのうさとその仲間たちを中心に絵画・イラストを描き始める。2019年からアールブリュット展福井に複数回入賞。2023年には福井県医療生協組合員ルームだんだん、アオッサ展望ホールその他で個展開催するほか、県内アールブリュット作家展に出品するなど、活動の幅を広げている。現代作家岩本宇司・朋子両氏(創作工房伽藍)に師事。HP:絵とおはなしのくに