ぼくたちは夏の道で(3/12)

文・朝日千稀   絵・木ナコネコ

けど、でも、しかし。
「あー、ちび夏に、早く会いたいなー」
空を眺める。と、花火が、ぼやんとゆがんでる?
どういうこと? 確かめる暇もなく、
「あー、ワシは飯にありつきたいなー」
「あー、ぼくはやけ酒あおりたいなー」
雰囲気をぶちこわすように、うしろからハモられて、驚いた。

「と、突然、うしろに立たないでください!」
「ワシは、突然、立っていない!」
「ぼくもそうだけど」
「えっ?」
「なあ、黒岩、確か、『チャッピー、ぼくにも、ぼくの猫がいたことがあったんだ』からだったよな?」
「はい。先輩」
「そして、いろいろ、あったんだなー。あんなことや、こんなこと。幸太も、すみにおけんじゃないか。なー、黒岩」
「はい。ぼくも、聞いていて、そう感じました」
わわっ、また、やってしまったみたい。

ぼくは、時々、思っていることが、口に出てしまうんだ。
「で、ズズーッと鼻水の音まで、だろ?」
「はい、ズズーッと」
黒岩さんが、ティッシュを渡してくれる。
気づかなかった。

花火が、ぼやんと見えたのは、そういうことだったんだ。
ぼくは、ズズッと鼻をかんで、ゾンビの頭をかぶった。
「ありがとうございます」
黒岩さんに、ティッシュを返した。

「どういたしまして」
と、黒岩さんがしまいかけるのを、猿神さんが止める。
「おまえも、ちん、しておけ」
「あ、はい」ズルルと鼻をかむ黒岩さんに、
「ほれっ」猿神さんが、外したお多福さんを、そっと渡した。

猿神さんって、後輩をいたわる、いい先輩なんだなと、ぼくは思った。
「で、黒岩。こんなときになんだけど、ゾンビ代行1万円、お面は5千円だ」
って、聞くまでは。
ゾンビ代行はよしとして、ペコぺコ素材のお多福さんは、ぼったくりだ。
でも、黒岩さんは、明るく言った。
「ありがとうございます! 先輩のステキなハミングと励ましのおかげで、黒岩金太、失恋の痛手から生還いたしました! やはり寮歌は、何年たっても力をくれます!」

あの気持ちの悪い怪しげな唸り声は、寮歌のハミングだったのか・・・。
そして、猿神さんは、失恋した黒岩さんを、励ましていたのか・・・。

朝日千稀 について

(あさひ かづき)福井県福井市在住。3猫(にゃん)と一緒なら、いつまでもグータラしていられる

木ナコネコ について

(きなこねこ)福井生まれ、大阪住まい。福井訛りの謎の関西弁が特徴。猫と珈琲と旅が好き。