エルとくるみとソラ(5/7)

文・七ツ樹七香  

 みるみるうちに顔をくもらせていくくるみに、静かな声でお父さんは言った。
「くるみは、前は犬のことを好きだったね。図鑑だってすみからすみまで覚えてしまうぐらいに。エルの気持ちをりかいしようと、くるみが勉強していたのを知っているよ。ソラも本当はきらわれていないんじゃないかと思っているから、くるみと仲良くしたがったんだ」

カシャとフローリングを引っかく爪の音が聞こえた。くるみがふり返ると、とびらのはしからソラが顔を出しているのが見えた。あらそいの気配を聞きつけて、ソラはひなたぼっこをちゅうだんしたらしかった。

心配そうな顔を見て、くるみはまた胸がいたくなる。
「くるみ、今は2週間のお試し期間なんだ。もしこの家になじめないとはんだんしたら、ソラはまた別の家に行くんだよ」
「・・・・・・」

くるみがなにも言えないでいると、ソラはトコトコとよってきて、くるみとお父さんのあいだに割りこんで、ちょこんとおすわりをした。こまったように見上げてくるソラに「だいじょうぶだよ」とお父さんは声をかける。

「くるみ、お父さんは聞きたいことがあるんだ」
「なに?」
「くるみはエルのことで、たくさん悲しみや苦しい気持ちが残っているんだと思う。そうだよな?」
「エルは関係ない」
フイッと顔をそむけてリビングにもどろうとしたくるみの手を、お父さんはしっかりとつかんで引き止めた。

七ツ樹七香 について

(ななつきななか)熊本県出身。「ピイのとんだ空」で第30回日本動物児童文学賞優秀賞。 「ラスト・オテモヤン」で第41回熊本県民文芸賞小説部門一席を受賞。熊本日日新聞に全10回連載され好評を博す。本作は朗読CD化、熊本県内数カ所の図書館で視聴可能。 ほか、第1回西の正倉院みさと文学賞 佳作、集英社WEBマガジンコバルト がんばるorがんばらない女性小説賞大賞、第16回深大寺恋物語 調布市長賞など。 共著に『謎解きホームルーム2』『恐怖文庫』『感動文庫』(いずれも新星出版社)動物が好き。犬と小鳥と暮らしている。