オニの忘れた子守歌(3/6)

文・伊藤由美   絵・岩本朋子

「んだ。盗っ人にも出会うかもしれねえし、危ねえ旅だ。第一、路銀はなじょする?」
路銀というのは旅の費用のことです。
とたんに、みな、だまりこんでしまいました。
村には、大百姓の庄兵衛をのぞいては、そんな大金をまかなえる人はだれもいなかったからです。

この時、うで組をして聞いていた庄兵衛が、
「ほんでも、ほかに方法はあんめえな」
と、ため息まじりに、顔を上げました。
「吉野山へは、わしが手紙っこば書くべ。使いは、足のじょうぶな若げすたず・・・、与作と田平がいかべ。路銀はわしが用意すっぺ」
村人たちは、その場にすわり直して、深ぶかと、庄兵衛に頭を下げました。

さっそく、次の日の朝早く、体自まんの二人の若者、与作と田平が、吉野山に向かって出発しました。
「おらたち、夜昼なしに、急ぐから、みんな、待っててけらいん」
手をふる与作と田平を、村人たちは見送ります。
「まこと、待ち遠しいっちゃなあ。行きに20日、帰りに20日。どんなに早くとも、行者様がござるまでには40日あるべおん。その間、おらだちだけで、村のわらしこば守らねばなんねちゃ・・・」
庄兵衛のさしずで、村人たちは、交たいで、山の入り口を見張ることになりました。

オニが来ようものなら、かねを打ち鳴らして、みなに知らせることにしたのです。
「いがすか。かねっこ、聞いたら、どこさいても、すき、くわば持って、かけつけるべし。オニがなんぼ強いたって、わしら全員が相手だら、そうそう、かなわねべおん」
それにしても、不安な毎日でした。

伊藤由美 について

宮城県石巻市生まれ。福井市在住。 ブログ「絵とおはなしのくに」を運営するほか、絵本・童話の創作Online「新作の嵐」に作品多数掲載。HP:絵とおはなしのくに

岩本朋子 について

福井県福井市出身。同市在住。大阪芸術大学芸術学部美術家卒。創作工房伽藍を主催。伽藍堂のように何も無いところから有を生むことをコンセプトでとして、キモノの柄作りからカラープランニング等、日本の伝統的意匠とコンテンポラリーな日用品(漆器、眼鏡、和紙製品等)とのコラボレーションを扱い、オリジナルでクオリティーの高いものづくりを心掛けている。また、高校非常勤講師として教えるかたわら、福井県立美術館「実技基礎講座」講師を勤める。