ハトのオイボレ、最後の冒険(6/8)

文・伊藤由美   絵・伊藤 耀

「あのころは、全く、おそれ知らずだったなあ! 飛ぶことが、とにかく、おもしろくて仕方がなかったものだ」
いっしょに巣立ちしたきょうだいたちのだれよりも上手に飛べました。
母バトが心配するほど、高く飛びました。
ツバメよりも、すばやく、向きを変えることさえできました。
カラスなんか、ぜんぜん、こわくありません。
時には、自分から、からかいに出かけ、追いかけっこを楽しんだりしていたのです。

「そんな無茶、するもんじゃないよ」
と、母バトに、何度もたしなめられました。
それでも、心は、山や海のずっと向こうにある、見知らない世界へのあこがれで、いっぱいでした。
「ぼくはただの町のドバトで終わりたくないや。きっと、いつか、遠くへ旅をしよう!ガンや白鳥たちのように、わたりをするんだ!」

それなのに、どうでしょう。年月がたつうちに、毎日のえさやねどこの心配で、いつの間にか、そんなあこがれはしぼんでしまっていました。
わたりの夢など、ばかばかしくさえ思えました。
やがては、駅の回りのほんのせまい世界に自分を閉じこめてしまったのです。

「でも、きょうはちがうぞ。私は、とうとう、広い世界へ飛び出したんだ!」
まるで、自分自身も強くて大きいわたり鳥になった気分です。
ハトは、耕運機の後をくっついてしきりにえさをあさっているカラスたちを、「ふふん」と鼻で笑いました。
「あさましいやつらだなあ。えさのことしか、頭にないんだから。それに比べて、エヘン、見よ、この私を! 遠くの山をめざすヒーローだぞ!」
速く!もっと速く!
高く!もっと高く!

伊藤由美 について

宮城県石巻市生まれ。福井市在住。 ブログ「絵とおはなしのくに」を運営するほか、絵本・童話の創作Online「新作の嵐」に作品多数掲載。HP:絵とおはなしのくに

伊藤 耀 について

(いとう ひかる)福井県福井市生まれ。福井市在住。10代からうさぎのうさとその仲間たちを中心に絵画・イラストを描き始める。2019年からアールブリュット展福井に複数回入賞。2023年には福井県医療生協組合員ルームだんだん、アオッサ展望ホールその他で個展開催するほか、県内アールブリュット作家展に出品するなど、活動の幅を広げている。現代作家岩本宇司・朋子両氏(創作工房伽藍)に師事。HP:絵とおはなしのくに