ピイの飛んだ空(2/8)

文・七ツ樹七香  

気の毒だろうとうったえるお父さんに対して、お母さんはかたくなだった。
ふたりの夫婦ゲンカってめずらしいと思いながら、おっかなびっくり背筋(せすじ)をちぢめた秋斗(あきと)は、箱の中のちいさな生き物にそっと指を差し出した。

じっと目をとじていた不細工なヒナは、何かの気配を感じたのかぱちりと目を開ける。
その目はクリクリきらきらなんてしていなくて、すこしねぼけた風だった。
そして、目の前にせまる少年の指先に、ツンと、とがったくちばしをおし当てて、ぱっくりと大きな口を開いた。

――ごはん。

「はら、減ってるんだ」
声なくともわかるそのうったえが、少年の胸(むね)を不意に熱く打った。
「お母さん、これオレが育てる」
「え?」
「オレが育てる。コイツ、はら減ってるって、なに食べるの? ごはんつぶ?」
「バカなことを! ちいさいヒナを育てるのってむずかしいのよ! エサだってこんな未熟(みじゅく)なヒナに何をあげる気? すぐに死んじゃうよ!」
「お父さん、スマホかタブレット貸して」
「え? ああ、けどお前」

秋斗は返事を待たずに父のリュックのファスナーを開けて、タブレットを引き出した。そしてしゃがみこむと、ギュッとまゆを寄せ慣れた手つきで、文字をポツポツと打って検索(けんさく)画面を表示する。

七ツ樹七香 について

(ななつきななか)熊本県出身。「ピイのとんだ空」で第30回日本動物児童文学賞優秀賞。 「ラスト・オテモヤン」で第41回熊本県民文芸賞小説部門一席を受賞。熊本日日新聞に全10回連載され好評を博す。本作は朗読CD化、熊本県内数カ所の図書館で視聴可能。 ほか、第1回西の正倉院みさと文学賞 佳作、集英社WEBマガジンコバルト がんばるorがんばらない女性小説賞大賞、第16回深大寺恋物語 調布市長賞など。 共著に『謎解きホームルーム2』『恐怖文庫』『感動文庫』(いずれも新星出版社)動物が好き。犬と小鳥と暮らしている。