ピイの飛んだ空(6/8)

文・七ツ樹七香   絵・久遠あかり

「オレは、お母さんなんだ」
自分を勇気づけるようにつぶやいた。
右手につままれたままこまり果てているバッタに謝り、そっとかべにおしつける。くの字に曲がった足を、秋斗は――、引っ張った。
「ごめんな」
虫はなんとも鳴きはしなかった。そのしゅん間悲鳴をあげたのは、秋斗の胸だけだった。けれど、それをたえて半分なみだ目のまま、後ろ足をむしったバッタをピンセットにはさみ、はらを減らしたピイに差し出した。

ピイ、ピイ、ピイッ!

またたく間に真っ赤な口の中にとらえられて、バッタは子スズメの昼食になった。初めてあたえた生き餌(え)に、ピイはおどろくほど大よろこびした。まだまだほしいとねだるように、秋斗に向けてぱっくりと口を開ける。

早くすり餌を作っておなかを満たしてあげなくては、そう思いながらも、秋斗はどきどきする胸をおさえてズルズルとその場にすわりこむ。そしてポツリと言った。
「お母さんって、大変だ」
バッタにざんこくなことをしたのと同じ手で、秋斗はピイを喜ばせた。
緑色のくの字だけが残された出まど。秋斗はそれから五分後に、すり餌のためのお湯をわかしにトボトボとリビングに向かったのだった。

七ツ樹七香 について

(ななつきななか)熊本県出身。「ピイのとんだ空」で第30回日本動物児童文学賞優秀賞。 「ラスト・オテモヤン」で第41回熊本県民文芸賞小説部門一席を受賞。熊本日日新聞に全10回連載され好評を博す。本作は朗読CD化、熊本県内数カ所の図書館で視聴可能。 ほか、第1回西の正倉院みさと文学賞 佳作、集英社WEBマガジンコバルト がんばるorがんばらない女性小説賞大賞、第16回深大寺恋物語 調布市長賞など。 共著に『謎解きホームルーム2』『恐怖文庫』『感動文庫』(いずれも新星出版社)動物が好き。犬と小鳥と暮らしている。

久遠あかり について

(くどうあかり) 漫画家。主に児童向け、動物のお話を執筆。ハリネズミや犬を飼い自然と動物好きに。現在は保護猫と暮らしている。また、別名義(光晴ねね)で少女漫画やロマンスジャンルなどで活動中。 pixiv fanbox 光晴ねね https://nene-mitsuharu.fanbox.cc/