北極星の夜(2/4)

文・北森みお  

「北極星」はいつも北の空に輝いている星なのです。
すべての星が時とともにその位置を変えるのに、「北極星」は、決してその位置を変えないのです。
動かない北極星は、旅する人々を正しい方位に導いてくれます。
迷ったときには「北極星」をさがせばいいのですからね。
だから決して道に迷わない運転手さんは、きっと自分の「北極星」を持っておいでなのでしょうね。
北極星の夜2僕が毎日このバスに乗っていたのは、あの川を渡った先の山の向こうにある学校へ通っていたからです。
農業高校です。
自家用車を持たないものですから、路線バスに乗って、毎日毎日通っていました。
でもそれもきょうで終わりになります。
規則正しい日課のようにバスに乗るのも、これで最後でしょう。
きょうは高校の卒業式でした。
僕が担任していた三年生の生徒たちを送り出して、高校教師としての僕の役目は終わりました。
高校では理科を教えていました。
生徒たちに、細胞の形や遺伝の法則を教えたり、稲を植えて米を作ったり、ナスやきゅうりを育てたり、体育祭で応援に声を枯らしたり、文化祭で劇を演じ歌を歌ったりするのは、そりゃもう楽しくて手応えのあるけっこうなことでした。
けれども、僕の役目は他にあるような気がして、どうにもそんな気がしてならなくて。
運転手さんはどうですか。
そんな気になったことはないですか。
運転することより他に自分の役目があるように思えることは・・・
いえ、すみません。そもそも運転中にそのようなことを考えていては危険ですね。
自分の役目などと迷っていては目的の場所に着くことも危ういことです。
教師を辞めてどうするんだって・・・
はい、運転手さんの言われることは分かります。
僕は何年か前から、詩とか童話とか、まあちっともお金にはならないことなのですけれど、書いていまして。
いちど、童話集など出してみたりはしたのですが、これがまたさっぱり売れなくて。
出してくれた出版社に申し訳なく、親に借金して売れ残りを買い取りました。
でもどうであれ、それが売れようが売れまいが、もう少し、いや、もっとですね、もっと書いていたいと思ったのですよ。
川のほとりの小さな家でわずかな土地に、とうもろこしや白菜や馬鈴薯を育てながら、書いていたいと思ったのです。
書いたものは妹によく読んで聞いてもらっています。
妹はただひとりの僕の読者なのです。

北森みお について

小説、童話、脚本など執筆。日本児童文芸家協会研究会員。 主な作品に『星夜行』(パロル舎/広島本大賞ノミネート)、『時の十字架』(鉱脈社/Qストーリー大賞優秀賞)、『ひろしまの妖怪』(中国新聞『おはなしばこ』掲載)、『北極星の夜』(『日本児童文学』掲載)、『深海魚のユメ』(国木田独歩記念事業文学祭入賞)、『T字橋の欄干」(広島市民文芸一席入賞)、『つばさ屋』(ラジオドラマ脚本)『星夜行-約束のリボン-』(ラジオドラマ脚本)など。 電子書籍に『美しいかけらの物語-ワニと薬指-』(ティアオ)、 『ホテルねこ堂』(星の砂文庫/童話と絵本コンテスト審査員特別賞) などがある。 近年作詞も手がけ、提供した楽曲に「風のソネット」「ロマンチカ」(作曲、歌はメロディストの田中ルミ子さん)などがある。