春を泳ぐヒカリたち(9/11)

文・高橋友明  

ゴチン!!
べにちゃんのぐーの手が、ぼくのアタマに落っこちた。その一撃は朝から夢遊病に取りつかれ、向こう側にいたぼくを、いっぺんにこちら側へ引き戻した。いとも簡単に。

「とにかく早く帰るわよ、おばさん、泣きながら警察に連絡する、警察に連絡するって、すごく心配してるんだから!ほら、早くしないと本当に警察がきて怒られちゃうわよ」
「・・・うん」
ぼくは、恐る恐るゆっくりと、べにちゃんの顔を見た。

べにちゃんは怒っているようにも、悲しんでいるようにも見えなかった。・・・少しだけ安心した。

ただ、ぼくはべにちゃんの顔を見るのが、すごく久しぶりな気がした。年という単位。1年とか3年ぶりにべにちゃんと再会したように思われた。
ぼくはうれしくなった。だって、何年かぶりに会えたのだもの、嬉しくないはずはないのだ。
「・・・ありがとう、べにちゃん、ぼくを見つけてくれて」

べにちゃんでなければならなかった。べにちゃん以外の人だったら、ぼくは朝からつづいた夢遊病から覚めることは、なかっただろう。
そしてわかった。
ああ、やっぱりこっちだ。片恋でも、たとえ嫌われたとしても、べにちゃんのいるこの世界の方が、だんぜんいい。

高橋友明 について

千葉県柏市在中。日本児童教育専門学校卒業。 朝昼晩に隠れているその時間ならではの雰囲気が好きです。やさしかったりたおやかであったり、ピリッとしていたりする。 同様に春夏秋冬や天気や空模様も好きです。 そうしたものを自分の作品を通して共感してもらえたら幸いです。