楽園のクモ(3/3)

文・伊藤由美   絵・岩本朋子

ふと、クモは、だれかが自分を見下ろしていることに気がつきました。
「ああ、女神様・・・」
女神は黒づくめの衣装を身につけて、たいそう、やつれた様子でしたが、その目は大きく見開かれ、きらきらと、雪に照り映えていました。
女神は言いました。
「クモよ、あの人が蘇(よみがえ)りました。もうじき、ここへ帰ってきます。頼んであったものはできていますか」
「はい・・・。そこに・・・」
楽園のクモ3女神の花嫁衣装
クモはやっと答え、枯れ木に下がった花嫁衣装を弱々しく指さしました。女神はそれを手に取り、しばらく眺めていましたが、やがて、満足そうにうなずきました。
「良い出来映えです。ご苦労でした」
それから、衣装を身にまとおうとしましたが、ふと、手を止めて、クモを見つめました。

「クモよ、私は改めておまえに礼を言わねばなりません。あきらめることなく、最後までこれを織り続けたおまえの勇気が、あの人を私のもとへ呼び戻してくれたのです。おまえの機織る音は冥王の心を揺さぶり、黄泉(よみ)の門をも開かせました。おまえの成し得たことは天上でも地上でも、この世界が続く限り、永遠に語り継がれることでしょう」
言い終えると、女神は、さっと、衣装を身につけました。たちまち、まばゆい光に包まれて、女神は若々しい乙女の姿になりました。雪景色の中に紅色のほおが大輪の花のようです。

伊藤由美 について

宮城県石巻市生まれ。福井市在住。 ブログ「絵とおはなしのくに」を運営するほか、絵本・童話の創作Online「新作の嵐」に作品多数掲載。HP:絵とおはなしのくに

岩本朋子 について

福井県福井市出身。同市在住。大阪芸術大学芸術学部美術家卒。創作工房伽藍を主催。伽藍堂のように何も無いところから有を生むことをコンセプトでとして、キモノの柄作りからカラープランニング等、日本の伝統的意匠とコンテンポラリーな日用品(漆器、眼鏡、和紙製品等)とのコラボレーションを扱い、オリジナルでクオリティーの高いものづくりを心掛けている。また、高校非常勤講師として教えるかたわら、福井県立美術館「実技基礎講座」講師を勤める。