水のお城(2/6)

文・伊藤由美  

気が付くと、王子は、かわいて、気持ちのよいベッドの上に横たわっていました。
「ここはどこだ? 私はどうしてしまったんだろう?」
ふと見ると、これまた、とびきり美しい女と目が合いました。黒かみにみずみずしい花かんむり。つゆをおびたようにつやつやと光る木の葉の衣しょう。

「私はアルセイダ。この森の主人です。あなたはひどいけがをして、私の家の前でたおれていたのですよ」
「ありがたい! あなたは命の恩人だ!」
王子は体を起こしました。見れば、足のきずは、うそのように、ぴったり、閉じています。
痛みも、ずいぶんと、うすらいでいました。

「なんというふしぎだ! あなたは魔法でも使えるのか?」
「森はいろいろな薬草の宝庫です。きずによく効く草もあるのですよ。でも、まだまだ、むりはいけません」
森の魔女はほほえみます。
王子が、湖の精にそそのかされてやって来たことなど、つゆほども疑いません。それどころか、このハンサムな若者に、とても心ひかれていました。

「ああ、あなたに会えて、ほんとうに幸運だった」
王子は、なみだを浮かべて言いました。
「私は遠い国の王子です。父王は私をこよなく愛し、王国のあとをつがせようとしました。それにしっとした兄弟たちが、私を殺そうとしたのです。命からがら逃げ出した私に、残されたものといったら、子供のころから大事に育てた愛馬だけ。それでも、兄弟たちはあきたらず、暗殺者たちに私のあとを追わせたのです。私は、やっとのことで彼らに勝利したものの、足に深いきずを負い、すんでのところで命を落とすところだったのです!」

とんでもないうそつきです!
でも優しいアルセイダはもらいなきしました。
王子の言葉をまるまる信じてしまったのです。
「ここは私の王国。だれにも勝手なまねはさせません。安心していつまでもいらしてくださいね」
(しめたぞ! 森の魔女などというから、どんなこわいばあさんかと思えば、とんでもなくお人好しな娘っ子じゃないか。これなら、水晶玉をぬすむのも、簡単なことだぞ)

伊藤由美 について

宮城県石巻市生まれ。福井市在住。 ブログ「絵とおはなしのくに」を運営するほか、絵本・童話の創作Online「新作の嵐」に作品多数掲載。HP:絵とおはなしのくに