水のお城(3/6)

文・伊藤由美  

こうして、さすらいの王子ディドーは、水のお城の主人となり、湖の王となりました。
王妃はだれかって? もちろん、湖の精リムニーでした。森の魔女アルセイダではなく。

王となったディドーは、お城にあふれる財宝を使って、何より初めに、向かうところ敵なしの、強い軍隊を作りました。
まわりの国々はおそれをなして、みな、ディドーの言いなりになりました。
気をよくしたディドーは、
「やっと、仕返しの時が来たぞ。父上と兄弟たちにも、わが力を思い知らせてやる!」
と、父王の国にせめ入りました。そして、たちどころに勝利して、父と兄弟たちを追い出してしまったのです。
「さすらうのは、今度はおまえたちの番だ!」
と。

湖の王ディドー。全ての望みを手に入れて、あとは世つぎの王子が生まれるのを待つばかり。
しかし、これは、なかなか、かないそうにありませんでした。王妃リムニーは、いつまでたっても、子供を身ごもる様子はなく、いっそう、悪いことに、王は、だんだん、王妃がうとましくなっていったのです。
確かに、いつまでも若く、かがやくばかりのリムニー王妃。でも、その冷たさに、ディドーは、ほとほと、いやけがさしていたのです。いや、本当に。

「王妃様って、いつも、ぬれているわよねえ」
王妃に仕える侍女たちも、こそこそと、うわさします。
「お歩きになるたび、ぽたぽた、水てきが落ちるんだもの。バケツとぞうきんが手放せないわ」
「どこでも、王妃様がおいでになった所は、すぐに分かるわ。水たまりができているんだものね」
「この間の夜なんか、たった一人で、湖を泳いでいらしたわよ。月の下に長いかみをなびかせて。それは、もう、うっとりするほど美しくて、身の毛がよだつほど、うす気味悪かったわ」

何より、王がいやだったのは、夜、寝室にもどった時でした。
ベッドのかたわらに横たわる王妃の身体は、べちゃべちゃと、ぬれていて、ぞっとするほど、冷たいのです。
(ああ、いまさら言うのも、何だが、森の魔女アルセイダの、かぐわしい、かわいたベッドがなつかしいなあ)
まったく、いまさらなのでした。
王は、仕方なく、王妃の体にふれないよう、できるだけ、ベッドのかたすみに体を縮めて、眠るのでした。

伊藤由美 について

宮城県石巻市生まれ。福井市在住。 ブログ「絵とおはなしのくに」を運営するほか、絵本・童話の創作Online「新作の嵐」に作品多数掲載。HP:絵とおはなしのくに