猫アンテナ狂想曲(1/15)

文・朝日千稀   絵・木ナコネコ

さあ、玄関は向こうだと、雪に、大きく深い足跡を作っていく男の背中を追いながら、周囲を観察してみる。
男が落ちていた場所は、武家屋敷みたいな大きな家の側面らしい。
見上げると、3分の1程、屋根雪がなくなっている。
雪下ろしをしていて、足を滑らせたんだな。
もし、オレに発見されなかったら、この人はどうなっていたんだろう?
頭に浮かぶ怖い映像をふりはらっていると、男の足が止まった。

「ここだ」
玄関の幅も、かなり広い。戸が4枚もついている。
「入れ」
上がり口に立ちながら、長靴を逆さまにして、入りこんだ雪をはたき落とした男は、濡れた靴下を脱ぐと、
「さっ、ずかずか上がってくれ」
微妙にずれた言葉遣いですすめ、
「ワシは、風呂に入る」
当然のように宣言した。

「入るんですか、風呂に? ぜんざいは?」
「投げ飛ばされて、ふっ飛んで、雪に埋もれさせられたんだ。入るに決まっているだろう。だから、おまえは、湯をはって来てくれ」
「オレが、ですか?」
「ワシは、おまえに、投げ飛ばされて、」
「もう、いいです。風呂は、どこですか?」
「この廊下を突き当って、右に曲がって、ふたつ目の廊下の奥だ」
「はあ」
「それから、湯が風呂に満ちる間に、ひとつ目の廊下に戻り、左側にある台所で、テーブルの上に待機させているレトルトのぜんざいを温めてくれ」
「はあ」
「ワシは3袋食べるぞ。いつもは2袋だが、ひどい目にあったんだから、そのくらいの贅沢は許されてもいいだろう。・・・おまえも好きなだけ食べていいぞ」
なら、オレは、5袋いただこう、って・・・。
なんだかおかしな展開になってきた。
オレはただ猫を捜しに来ただけなのに。

* * *

新聞の情報欄に載っている『捜し猫』のコーナーを見て、猫を捜し、家に返してやるのが、オレの趣味だ。
というか、そうせずにいられない。
猫の写真をながめているうちに、頭の中に居そうな場所が見えてくるんだ。
そして、その場所を指し示すように、アンテナが立ち上がる。
いままで、何匹もの猫を捜し当て、猫が潜んでいる家の庭や縁の下、上がりこんでいる家の人とかかわりを持ってきたが、こんなややこしい人に遭遇したのは初めてだ。
ああ、帰りたい。
ここにいるはずの『捜し猫』を連れ、とっととこの家から立ち去りたい。

朝日千稀 について

(あさひ かづき)福井県福井市在住。3猫(にゃん)と一緒なら、いつまでもグータラしていられる

木ナコネコ について

(きなこねこ)福井生まれ、大阪住まい。福井訛りの謎の関西弁が特徴。猫と珈琲と旅が好き。