私が絵本画家になった理由:たかすかずみさん

◆やっと重い腰をあげて
卒業と同時にフリーとなり、電話を取り付け、手描きの名刺に、売り込みの作品作りと、そこまではよかったが、肝心の売り込みに行くという行動がなかなか出来ずにいた。
春が過ぎ、梅雨の季節が訪れて、いろいろな言い訳も底をつき、生活にも困るようになってきて、やっと重い腰をあげた。

1社目は婦人雑誌の出版社に行った。丁寧に対応してくれ、作品のコピーもとってくれたが、1週間待ってもなんの連絡もなかった。
そして、少し焦りを感じて、2社目の出版社に電話をかけた。
受付の女性に、明るい声でこう聞かれた。「今までに、どのようなお仕事をされていますか?」
仕事の経験など何ひとつない私は、やっとの思いでこう答えた。
「卒業したばかりで、仕事はしたことがないのです! それでも、絵を見ていただけませんか?」
すると女性は、急に声のトーンを落として「あ~あ、そうですか、わかりました。とりあえず編集室におつなぎします」と。

穴があったらはいりたい!とは、ほんとにこの時の気持ちのことだと思った。
沈んでいく自分の気持ちを、必死にこらえながら、「誰にだって初めての一歩はあるんだ!」と、自分に強く言い聞かせた。

次はどんな怖い人が出てくるのかと、身構えたが、予想を反してとても紳士的な優しい声の持ち主が電話口に現れた。
「作品を拝見します。こちらには、いついらっしゃいますか?」
ああ、作品を見てもらえる! それだけで、十分私はそのとき幸せだった。
そして、この売り込みに行ったその日の夜に、なんと!初めての仕事の電話を、その編集者の方からもらうことになる。

仕事を始めて40年、たくさんの出会いに支えられて、今の私がいる。
そして私は、「毎日、コツコツ」仕事をしている。
これが一番大切なことだと、絵を描く仕事を通して、気づいたのだった。


◆プロフィール◆
たかすかずみ
1957年福岡県生まれ。初めての絵本『ねむってなんかいられない』
主な作品に『きつねのでんわボックス』『なきすぎてはいけないやくそくだよ、ミュウ』。
最新作に『おしゃかさま』などがある。