アーカイブ

エピローグ

策作じいさんは、帰ってこなかった。
帰ってきたのは、賢作さんだった。
なにが、どうなってるんだ?
さっぱりと、わからない。

でも、もしかしたら、
「あの、迷っ、ちゃい、ました?」
「迷う?」
「か、帰る途中、道に、迷って、わ、からなくなって、・・・うろうろ、しているうちに、元の所に戻、ってきて、しまった?」
「昨日の安達ケ原さんみたいに?」
「そう、昨日の、って知、ってた、んですか?」
「それより、どうしたの?」
賢作さんの手が、あたしの、頬にふれる。
あたしも、自分で、ふれてみる。
もう、どこまで、恰好悪いんだ・・・、またまた、涙、流してるのか?

14 彼方へ

まだ日が落ちない海辺に、送り火がゆれる。
お精霊舟を待つお曳舟の先端を波がぬらす。
『魂送り』が始まる時刻が、近づいている。

『魂送り』は、お盆にこちらに帰ってきた霊たちを、彼の岸に送る風習だ。
カヤや竹で編んだお精霊舟に、先祖の霊や、身内の霊を乗せ、沖まで小舟で
曳いていく。
小舟は、お曳舟といい、乗れるのは、新盆を迎えた家の人たちだけだ。

13 チョウコの涙

いつの間にか、朝になっていた。
ずっと一緒にいたいと捜したが、賢作さんの姿はなかった。
しのさんの姿も、見えなかった。
他の方々も、あたしには、見えない。
見えるのは、別に見たいとも思わない策作じいさんだけだ。

「おはようございます」
「キツツキ、今日は、海や。昨日、川で見つけたやつは、大きすぎて、お精霊舟に積めんさかい」
「あの・・・、今日は、『魂送り』の日です」
「そうやな」
「あの・・・、送る準備とか、心の準備とか、・・・いろいろな覚悟とか、しなくてもいいんですか?」

「アホか、キツツキは、あっ、あかん、ゆうてしもた」
「ぷふっ、大丈夫ですから、そんなに焦らなくても。もう、泣きませんから」
「そうか。ほんなら、ええけど」
「はい」
「あのな、キツツキ」
「はい」
「他の時はしらんけど、だれかを見送ったり、別れたりする時はな、」
「はい」
「心の準備とか、覚悟とかはな、するだけ無駄やで」
「はい?」
「準備なんぞしといても、覚悟なんぞしといても、いざという時、さみしいもんはさみしいし、悲しいもんは悲しいんやから」
「・・・・・・」

12 流星群

月が去った紺色の空に、星々が輝いている。
あれは、あの星座は、これは、この星座は、なんだったっけ?
思い出せないけれど、ながめていると、いろんな想いが、あふれてきそうだ。
しみじみとした、いい夜だ。
けど、さみしい夜だ。
そして、
「ここは、どこだ?」
なんて、考えても、はじまらない。
昼でさえ方向感覚危ういあたし、まして、いわんや、夜である。
だいたい、「ごゆっくり」なんて、恰好つけるから、こういうことになる。

「そうだ、戻ろう」
あの神社へ、あの盆踊りの会場へ戻り、策作じいさんとしのさんを待ち、一緒に帰ることにしよう。
そう思いつき、耳を澄ます。
だが、なにも、聞こえない。
いやいやいやいや、聞こえるぞ。
でも、あのメロディーじゃない。
気の早い、秋の虫かな、あれは。

11 神社にて

玄関から門まで一気に駆け抜けて、通りに出てみる。
が、どこを、どう捜せばいいのだろ?
なんて考えてもわかるはずがない。
こんな時には、野生の勘だ!
適当に、うろうろしよう。と、歩きはじめてみると、犬も歩けば棒に当たる?
風に乗って聞こえてくるのは、祭囃子か?

耳を澄まして、方向を確定し、音をたどる。
何回か角を曲がり、路地をいくつか突っ切った。
「あそこからだ!」
向こうに、ぼんやり、明かりが見える。
「神社か・・・」
鳥居のような影も、見える。
そこを目指して、進む。
足を速め、やっと鳥居までたどり着く。
いつの間にか、祭囃子は止み、あたりは、しんと静まっている。

10 第二夜

遠い道のり、歩いてきたから、疲れているはずなのに、眠れない。
シャワーを浴びて、スイカを食べて、豆大福もひとついただき、ふとんを敷いた。
時計が、ボーンと時刻を告げる。
ボーン、ボーンと八つ鳴る。
「さあ、早く寝なくっちゃ」
って、いやいやいやいや、まだ8時だよ、子どもじゃ、あるまいし。
記憶にあるのは、自分にそう突っ込みを入れたところまで。
その後、ぱたんと眠りに落ちた。
どうもそういうことらしい。

そして、目覚めると、
ボーン、ボーン、・・・ボーン
時計が、10個、時を打った。
「お腹、へった」
スイカと豆大福だけじゃ、あたしのお腹は、朝までもたないらしい。
策作じいさんを起こさないように、忍び足で台所へ。
台所は、闇に包まれている。
電気は、電気のスイッチはどこだ?
と、目を凝らした時だった。

なんだ?
闇の中、動く光は、懐中電灯のようだ。
焦るな来月、これは、どういう状況だ?
泥棒? 強盗? 痴漢? 変態?

いやいやいやいや、焦るな、来月。
もしかしたら、賢作さんかもしれないし。
って、いやいや、それは、ありえない!
停電の時ならいざしらず、自分の家で、懐中電灯、使わないだろ?
それに、あたしの使わせてもらってる客間には、ちゃんと電気は点ってる。よって、停電でないことは明らかだ。

ならば、あの、怪しい影は、泥棒!
泥棒ならば、強盗に変身することだってあるはずだから、いや、ドラマの世界では、お決まりの設定だ、だから、だから、下手な手出しはしてはいけない、110番だ! と、頭では、わかっているのに、この口が、勝手に叫ぶ。

「手を上げろ! そして、武器は捨てなさい!」
「その声は、安達ケ原さん?」
というその声は、佐熊山賢作さん!
「台所の電気が切れちゃって。この懐中電灯、持っててくれる?」
「はい・・・」
あたしは、あたしは、あたしは、アホだ。

  9 川へ

目覚めると、賢作さんの姿は、なかった。
もしかしたら、見えないだけかもしれない。けれど。
もしかしたら、見せないだけかもしれない。
昨日は、流れというか、成り行きでソーメンをごちそうしてくれたりもしたけれど、こんな呆れた奴の前には、もう二度と姿を現さないかも、しれない。

ぐーっ、ぐるる
こんな悲しい気分のときも、鳴くんだ、あたしの腹の虫。
策作じいさんは、先にすませたらしいので、あたしは、また、冷蔵庫の中の物を適当にいただくことにする。

「あっ、ふえてる」
昨夜はなかったタマゴロールや牛乳が補充されている。
策作じいさんたら、意外と面倒見はよさそうだ。
「ごちそうさま。とてもおいしくいただきました」
すでに表で待機中の、じいさんに声かける。

「キツツキ、今日は、川へ行ってみよか」
「川、ですか?」
「昨日の海は不作やったし」
「あっ、いえ、それより・・・」
自転車屋のじいさんに、もらったヒスイを見せる。
「お宝級! でいいですよね?」
「ああ、ええ石や。白に翠の入り方がなんともいえん」
口ではほめているものの、いまいち、おもしろくなさそうだ。
眉の端がピクピク動き、鼻にしわがよっている。

8 第一夜

お盆の、花盛り町大字細八字猪甲乙に夜が来た。
ここ、佐熊山家にも、当然いらっしゃるはずだ。見えたり、見えなかったりする方々、すなわち、ユーレイの方たちが。
仏間に並ぶ写真の数だけかどうかは、わからないけど。
普通の感覚だったら、たぶん、怖い。
いやいやいやいや、絶対怖いにちがいない。
しかし、どうも、いまのあたしは、普通の感覚ではないようだ。
強烈な太陽の下での体験と、・・・淡い恋心が、あたしの感覚をまひさせている。のかもしれない。
と考えていて、ふと、思う。
あたしは、もしかしたら、太朗にも、抱いていたのだろうか? 淡い恋心?
いや・・・、いやいやいや・・・。

とにかく、だ。
あまりにもリアルに、あまりにもふてぶてしく、あまりにも存在感丸出しの自転車屋のじいさんユーレイとの遭遇は、あたしから恐怖心をぶっ飛ばした。
きれいな白猫、チョウコが天に昇って行くのを目撃した時は、驚きはしたけれど、その現象を自然に受け入れられていた。
浜に出かける前に、ちらりと見かけた、策作じいさんのお兄さんのユーレイに至っては、怖いどころか、会いたくてたまらない。
にもかかわらず、会えないでいる。
他の方たちも、見当たらない。

「キツツキ、夜ごはんは冷蔵庫の中のもん、適当に食うたらええで。わいも、そこらへんのもん、つまんどく」
「はい。あっ、あの、シャワー使ってもいいですか?」
「シャワーでも風呂でも勝手に使い。せや、せや、ふとんは、」
と策作じいさんが案内してくれた客間に、あたしは、いま、いる。
シャワーを浴びて、スイカを食べて、策作じいさんが、そこらへんのもんと表現していた仏間のお供え、豆大福をひとついただき、ふとんに背中をつけた瞬間、眠りに落ちた。

  7 海の猫

不思議だ。
きれいなヒスイを手にしたから任務終了だ、って気持ちにならない。
相変わらず、過酷な作業だけど、もっと、探したい。
もらうのではなくて、見つけたい。
自転車屋のじいさんにもらったこのヒスイは、たぶん、お宝級というやつだろうから、策作じいさんに進呈しよう。
あたしの分は、自分の力で、もっときれいなものを、見つけよう。

どうか、仲間を呼び寄せて!
握りしめたヒスイに願いをかけながら、浜を歩く。
疲れを感じても、手の中のヒスイをながめていると、あたしもやってやろうじゃないの! 闘志が満ちてくる。

6 事実は小説より奇なり

「今日みたいな波の荒い日は、海の底から波がヒスイを運んでくるんや。波打ち際で、ころころ転がってることもあるぞ」
白っぽい石を見つけたら、とにかく拾ってみろという、策作じいさんの教えを受けて、目を皿にする。
と、見つけた!
ヒスイ探しは、思ったほど難しいものでもないらしい。

「見てください!」
思わず駆け寄り、手のひらを差し出すと、
「それは石英や。浜にもどしたり」
策作じいさんはにべもない。
ちらりと視線を走らせただけで、歩き出す。

「えええーっ! これ、絶対、お宝級だと思いますが! 真っ白だし、こんなにきらきらしてて、きれいじゃないですかっ!」
「アホか、キツツキは」
「いえ、はい、いえ、はい、・・・もう、そんなことはどうでもいいです!」
「どうでもええんかいっ!」
どうでもええなんて、おもしろないなーとぶつぶついいながらも、ふり向いて、教えてくれた。

「石英はきれいやけど、白っぽいんやのうて、真っ白や。形もまんまるで、触るとつるつるしてるけど、指にすいつくみたいにすべすべやない」
「はい」
「それにな、その石、大きさの割に軽いやろ」
「はい、そんな気も」

しかし、「ほかし」と言われても、抵抗がある。
こんなきれいな石、捨てられるわけがない。
そっと、短パンのポケットにしのばせた。
なんてことを繰り返してるうち、ポケットは重くなり、短パンがずり落ちそうになってきた。
これは、いかん。
策作じいさんの言う通り、石を少し浜にもどそう。