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5 ロマンの在処

話を、戻そう。
あたしは、いま、海にいる。
ヒスイを探すために、海にいる。
策作じいさんが、あたしに課した手伝いだ。

「ヒスイゆうても、そこらにごろごろ転がってるやつでは、あかん。わいらふたり、力を合わせて、お宝級のを見つけるんや」
ヒスイすら知らないあたしに、いきなり、ハードル、高すぎる指示が飛ぶ。

「お宝級のヒスイ、ですか?」
「そうや」
「見本、見せてもらえますか?」
「アホか、キツツキ」
「いえ、どちらかといえば、」
「賢いやつが、見本、見せろなんていわんわ! 見本があったら、探す必要ないやろが」
「なるほど。でも、あたし、そもそも、ヒスイがどんなものなのか・・・」
「なんや、知らんのか」
しゃあないな、と策作じいさんが長々と説明してくれた。
地殻変動がプレートをどうとかして、マントルの辺りからああなってこうなって、変成岩が・・・、蛇紋岩が・・・。
が、その怒涛と化した言葉から、あたしがすくい取ることができたのは、わずかだった。

4 遭遇

あたしの目の前には、海が広がっている。
どどどんと打ち寄せる波は、高い。
波打ち際を歩いているつもりでも、うっかりすると、波をかぶりそうになる。
いやいや、うっかりじゃないない、うっとりだ。
じつは、あたし、会ってしまったんだ。
一瞬だけど、写真の中で笑っていた、あの少年に。     

  3 取引

彼の岸から、お盆に帰ってきた人たち。
すなわち、霊って存在に、あたしはすでに出会っているのだと策作じいさんは言う。
「そんな、馬鹿な・・・。あたしは、霊感なんてまったくないと思います。今まで、お化けもユーレイも見たことないですし」
「アホか、キツツキは」
「いえ、アホじゃありません。どちらかといえば、賢い方かと」
「まあ、ええ。キツツキが、賢いか賢ないか、なーんてことは、どうでもええけど、おまえ、ここを、どこやと思てる?」
「越の国地方の、花盛り町大字細八字猪甲乙」
「そや。盆の花盛り町大字細八字猪甲乙を、あなどったらあかん!」
「別に、あなどってはないですが」
「盆の花盛り町大字細八字猪甲乙に、生者死者の垣根はあらへん!」

うっ!
策作じいさんは、どんだけ、あたしに、スイカの種、飲み込ませる気だ!
「か、垣根、あらへんのどすか?」
「あらへんのどす。・・・って、わいは、舞子さんかっ! 変な話し方、すな!」
「へえ。もう、しまへんどす」
「そんなら、よろしおすけど・・・、って、わいは、舞子さんかっ!」
「いえ、まったく、ひとかけらも舞子さんの要素はないと思います。もう、変な話し方しませんので、垣根の話にもどってください」
「むこうの体調、いや、死んでるのに体調は変やな。気分、そや、気分。気分によっては、あっちが垣根作ってしもて、こっちが話しかけても無視されるときは、あるけどな」
と言われると、信憑性がます。
無視って言葉に、ひっかかり、この界隈に入ってからのこと、挨拶したものの、無視されたように感じた人たちの記憶を、たどる。

2 一難去ってまた一難

「急いでいるのか?」
聞かれて時計に目をやると、まだ、9時過ぎだ。
「いいえ」
「そんなら、寄ってけ」
「と、言われましても。見ず知らずの方の、」
「見ず知らず?」
策作じいさんの視線が、空を泳ぐ。

「おまえは、キツツキ。そして、わいは?」
「佐熊山策作さんです」
「ほーれ!」
確かに、見ず知らずではないけれど。
詳細に知っているのは名前だけ。
片眉上げて、まるで鬼の首をとったように得意げな顔されるほど、見知っているわけでは断じてない。
けれど、一体全体、このじいさんは、なんなんだ?
湧き上がる好奇心に、あたしは負けた。
「まずは、スイカでも食おう」
「はいっ!」
でも、一番負けたのは、大好きなスイカにか・・・。

「ついてこい」
策作じいさんに案内されて、古くて大きい木の門をくぐる。
門の両側から、板塀がぐるりと屋敷を取り囲んでいる。
門から玄関にたどり着くまで、数分はかかりそうだ。

「おまえ、キツツキはこの辺の者ではないな」
軽快な後ろ歩きで、策作じいさんが問う。
「はい。旅の者です」
「ということは」
「はい。見物に」
ここ、越の国地方にも、興味ひかれる風習があるのだ。
あたしは、それの見物に来た。

1 一難

「おい!」
「えっ?」
あのじいさん、あたしを手招きしてる?
いや、んなわけないか、まったく知らない人だ。
あたしは、ちょっとだけ会釈して、じいさんの前を通過した。

「おい! おまえ!」
「あたしですか?」
「あたしですか? だぁ? ほれ、よーく、見てみろ」
じいさんが、ずん、と迫る。
「はあ」


つい、のほほんと返事をしてしまったけれど、ノーミソはフル回転だ。
道を歩いている見知らぬ娘を呼び止め、よーく見てみろ、と観察を迫る。
これは、この地方の風習か?
世の中には、いろんな風習が存在する。
あたしなんかの少ない知識では計り知れないほどの風習が。
中には、そこに住む人以外には奇習としか思えないものも、存在する。

近畿地方の山間部では、一日のうちの一定の時間、だれと出会っても、一瞬無視して、それから挨拶を交わす。

夏至の未明、白塗りをして、松明を掲げて山に登る。山頂では、松明の火で餅を焼き、餅を食べながら、ご来光を拝む。
これは、奇習の宝庫ともいえる山陰地方の、比較的よく知られたもので、メディアにもよく登場する。

ああ、北陸地方には、こんなのもあったな。
これでもか! というほどに、「よそう」というよりは、盛りまくられた、ごはん。もう、堪忍してください! というほどに、積み上げられたささがきごぼう煮。
まるで、ツインタワーのようにも見える、ごはんとごぼうを、紋付袴の男衆が、1年の息災を祈りながらもくもくもくもくと食す。

それに、そうそう、四国には、思い返しただけでも、笑っちゃうようなのもあるんだ。
「ぷぷぷぷ、ぷはっ!」
自分の世界に入りこんだあたしは、
「うおっほほほん」
じいさんの咳払いで、引きもどされた。

アゴタ・クリストフ
悪童日記

あらすじ

戦災を逃れようと、大きな町から双子を連れた母親が、小さな町の実母を頼ってやって来る。“魔女”と恐れられる実母に双子を預けて、母親は去って行く。その日から、祖母と双子の暮らしが始まった。苦しい生活の中、祖母は双子に厳しく接し、労働を覚えさせ、困難な現実を凝視させるように仕向ける。

双子は悪環境に順応し、家に唯一、置いてあった聖書を教科書として、読み書きを学ぶ。二人は片時も離れることなく、協力し合って、心と身体を鍛錬していく。
外見は、皆に称賛される美少年に育った二人だが、生き抜くために、盗みもゆすりも、時には殺人さえも辞さない、恐るべき人格が築きあげられていく。

村上春樹
海辺のカフカ

あらすじ

ギリシャ神話や日本の古典を絡め、時間を超えた不思議な出会いの物語。主人公田村カフカは中野区で高名な彫刻家の父と二人で暮らしていた。が、15歳の誕生日、父の呪いから逃れるために、四国へ家出。辿り着いた私設図書館の職員と知り合い、図書館暮らしを始める。

その頃、中野区では、戦時中に謎の失神を体験した知的障害の老人ナカタさんによって、カフカの父が刺殺される事件が起きていた。ありえないことに、父が殺された時間、カフカの手には、自分が父を刺したような返り血が。さらに現実とは信じがたいが、図書館館長の美しい女性・佐伯さんが15歳当時のままの様子で、カフカの部屋に現れるようになる。

佐伯さんは、30年前に大ヒットを生み出したシンガーという華やかな過去と、自分の片割れのような恋人を若くして亡くしたという悲しい過去を抱えながら、ひっそりと生きていた。カフカには「この人こそ、僕を捨てた母かもしれない」と思えてきた。

ミヒャエル・エンデ
モモ

あらすじ

円形劇場跡に、ダボダボの背広をはおった女の子が住みついていた。親も家もない女の子の名前は、モモ。不思議な魅力を持った子で、モモと話をすると誰でも気持ちが安らぎ、良い考えが浮かんでくる。
「モモのところに行ってごらん!」それが、町の人たちの合言葉になり、大人も子どもも、円形劇場跡に集まるようになった。

特に子どもたちにとって、モモは、いなくてはいけない大切な人。どんな退屈な時も、特別に楽しい遊びの時間に変えてくれるのだから。

そんな中で、モモと一番の仲良しは、道路掃除のベッポと、観光案内のジジ。
ベッポは「返事にたどりつくまでが長くて、頭のおかしな老人」、ジジは「インチキ話で金をかせぐ、口だけの青年」と町の人たちに陰口をたたかれていたが、モモには二人の良さがよくわかっていた。

J.D.サリンジャー 著
ライ麦畑でつかまえて

あらすじ

16歳のコールフィールドは、クリスマス前に成績不振で退学となり、寮を飛び出して、故郷のニューヨークへと向かう。
親や先生といった周りの大人、学校の友だち、ガールフレンドたちにさえ、その一挙一動に欺瞞を感じ、悪態をつかずにはいられない。
信じられるのは、幼くして亡くなった弟のアリーと、まだ小学生の妹フィービーくらいだ。

有り金でホテルに泊まりながら、その日暮らしをしている時、散歩の途中で小さな女の子が『ライ麦畑でつかまえて』を可愛い声で歌っているのを聴き、心を揺さぶられる。
およそ学生らしからぬ毎日を過ごしているうち、真夜中のセントラル・パークで凍えそうになり、死ぬ前に妹に会っておこうという気が起こる。

15 第1助手に就任します!

「アキラ、おまえの毛髪を解析し、体に異常がないことがわかって、私は安心していたんだよ。だがね、おまえは、JKを追い、遠く離れたみあんまでやって来た」
「オレも、こんな遠くまで猫を捜しに行ったのは初めてかも」
「犬田くんから、受付でおまえを見かけたと聞き、私はあわててた。想定していた距離をはるかに超えている・・・」

「えっ?」
「そこまで強い能力があるなんて、毛髪解析だけではわからなかったなにかがあるのだろうか? ほんとうに、おまえの体は大丈夫なのだろうか、と」
それで、父さんはオレたちを追いかけた、ってわけだ。

「・・・あの、十数年も経ってから、そんな心配するなんて・・・、オレが食ったのは、ただのキャットフードじゃなかった?」
「そうなんだよ。あの頃、私は、猫に小判を探させたり・・・、詳しいことは言えないが、そういう特殊なフードを開発していたんだ。フードによって得られる能力の期限は、正常な状態なら約10年」
「なのに、オレにはまだ、残っている」

「だから、心配で・・・」
「でも、オレは、大丈夫だから・・・。今まで、身体検査で引っかかったこと、なかったし」
「・・・だが、心配だ!」
「大丈夫、だって、思うけど・・・。献血でも、異常値、出たことないし」
「・・・、最初から、冬野さんや犬田くんに頼まずに、私が、直接、おまえに会いに来るべきだった。母さんの了解も得るから、もう一度、しっかり検査させてくれないか?」
「・・・いいよ」
「ありがとう。騒がせてすまなかった。・・・さあて、私たちは、これで、失礼するよ」
父さんが、さみしそうに笑う。

「あの、父さん」
「なんだね」
「また!」
「ああ、また!」
父さんが、にっこり笑う。

「あの、父さん」
「なんだね」
「チャッピーは、ここにいても?」
「もちろんだよ」
そう言って、父さんは、
「JKをお願いします。そして、輝も」
猿神さんに丁寧に頭を下げた。