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村上春樹
海辺のカフカ

あらすじ

ギリシャ神話や日本の古典を絡め、時間を超えた不思議な出会いの物語。主人公田村カフカは中野区で高名な彫刻家の父と二人で暮らしていた。が、15歳の誕生日、父の呪いから逃れるために、四国へ家出。辿り着いた私設図書館の職員と知り合い、図書館暮らしを始める。

その頃、中野区では、戦時中に謎の失神を体験した知的障害の老人ナカタさんによって、カフカの父が刺殺される事件が起きていた。ありえないことに、父が殺された時間、カフカの手には、自分が父を刺したような返り血が。さらに現実とは信じがたいが、図書館館長の美しい女性・佐伯さんが15歳当時のままの様子で、カフカの部屋に現れるようになる。

佐伯さんは、30年前に大ヒットを生み出したシンガーという華やかな過去と、自分の片割れのような恋人を若くして亡くしたという悲しい過去を抱えながら、ひっそりと生きていた。カフカには「この人こそ、僕を捨てた母かもしれない」と思えてきた。

ミヒャエル・エンデ
モモ

あらすじ

円形劇場跡に、ダボダボの背広をはおった女の子が住みついていた。親も家もない女の子の名前は、モモ。不思議な魅力を持った子で、モモと話をすると誰でも気持ちが安らぎ、良い考えが浮かんでくる。
「モモのところに行ってごらん!」それが、町の人たちの合言葉になり、大人も子どもも、円形劇場跡に集まるようになった。

特に子どもたちにとって、モモは、いなくてはいけない大切な人。どんな退屈な時も、特別に楽しい遊びの時間に変えてくれるのだから。

そんな中で、モモと一番の仲良しは、道路掃除のベッポと、観光案内のジジ。
ベッポは「返事にたどりつくまでが長くて、頭のおかしな老人」、ジジは「インチキ話で金をかせぐ、口だけの青年」と町の人たちに陰口をたたかれていたが、モモには二人の良さがよくわかっていた。

J.D.サリンジャー 著
ライ麦畑でつかまえて

あらすじ

16歳のコールフィールドは、クリスマス前に成績不振で退学となり、寮を飛び出して、故郷のニューヨークへと向かう。
親や先生といった周りの大人、学校の友だち、ガールフレンドたちにさえ、その一挙一動に欺瞞を感じ、悪態をつかずにはいられない。
信じられるのは、幼くして亡くなった弟のアリーと、まだ小学生の妹フィービーくらいだ。

有り金でホテルに泊まりながら、その日暮らしをしている時、散歩の途中で小さな女の子が『ライ麦畑でつかまえて』を可愛い声で歌っているのを聴き、心を揺さぶられる。
およそ学生らしからぬ毎日を過ごしているうち、真夜中のセントラル・パークで凍えそうになり、死ぬ前に妹に会っておこうという気が起こる。

2018年2月27日(火)から3月24日(土)まで川越市にある一軒家ギャラリーウシンにて『BOOK&another story』展を開催いたしました。

その内容は、少年少女が主人公の名作・4作品をクローズアップして、それぞれの「あらすじ」「その作品をモチーフにしたアナザーストーリー」「その作品をモチーフにしたイラスト」で構成。作品に登場する重要な小道具も並べて、立体的な展示を試みました。

「きれいだろう? だけど、あれは魚いっぴき住めない毒の水。死の湖なんだ」
いつの間にか、また、マママガモがそばに来て、言いました。
「ここが蔵王のてっぺんだよ。あんたとは、ここで、お別れだ。私たちは、もっと先まで、行かなくちゃならないからね。じゃあ、さようなら。うまくやりなよ。グェー、グェー!」
マママガモが、少し東に方向を変え、飛び去って行きます。
グェー!グェー!っと、ほかの仲間も続きます。

「さようなら、ハトのおじいさん!」
「太陽王に会えますように!」
などと、口々にあいさつもして行きます。
最初にオイボレとぶつかりそうになった子どものマガモも、声をかけてきました。
「ママがおじいさんのこと、『ドバトにしちゃ、ガッツがある』って。おじいさん、ママに気に入られたんだよ。『鳥たるもの、最後までほこり高く』ってのが、ママの口ぐせだからね。じゃ、さようなら」

「ぶつかりそうになって、すまなかったね」
オイボレは、やっと、これだけ、言葉を返しました。
マガモの助けで、どうにか、ここまで来られたものの、もう、いくらも力が残っていなかったからです。

それは急にやってきました。
「あれ、おかしいな。胸が苦しいぞ」
それもそのはずです。
ハトは、めったに、そんなに高くは飛ばないのですから。高いところのうすい、冷たい空気には慣れていなかったのです。
しかも、前に傷めたつばさも、ずきずきし始めました。
トンビやカラスに追われていたときに、夢中で働かせ過ぎてしまったのです。

「イテテテ・・・」
ちょっと羽ばたいては、つばさを休ませます。
そんな時、トンビだったら、羽をハングライダーのようにふくらませて、その場に止まっていたり、先へすべって行ったりすることができました。
風をはらんで、もっと高く上がることすら、できたのです。
でも、短い、とがったつばさのハトは、羽ばたきを止めれば、だんだんと落ちて行くしかありません。
幸い、海の方角から山に向かって、いつも、上向きの風が吹いていました。
それで、羽ばたきを止めている間も、少しは、高度を保つことができました。

いつまで持つでしょう。
あんのじょう、さっきまで見えていた蔵王は目の前の山にかくれ、こんもりしていた森も、今では、こずえの一本一本が見分けられるまでになっていました。

「トンビだ!」
オイボレは、すぐに、両のつばさをすぼめました。
そして、まっすぐ、地上めがけて、急降下し始めました。
トンビもすぐに追いかけてきました。

「どうやってふり切ろう?」
その時、ハトのよく見える目が、町の路地裏の、横だおしになったゴミバケツの回りに、カラスが群がっているのを見つけました。
オイボレは、まっすぐ、カラスの群れにつっこんで行きました。
あわや、地面にぶつかるという時に、めいっぱい羽ばたいて止まり、尾羽で地面をたたくようにして、体の向きを変えました。
次のしゅん間には、ハトは、もう、急上昇していました。
でも、ハトのようにすばやく方向を変えることのできないトンビは、まっとうに、カラスの群れのど真ん中に、取り残されてしまいました。

「なんだ、こいつは! おれたちの食い物を横取りしようってのか!?」
カラスたちは大さわぎになり、とんまなトンビを、よってたかって、追い立て始めました。
おかげで、オイボレは、トンビのつめからのがれることができました。
今度は、別の、めいわくな道連れを作ってしまいました。
カラスはかしこい鳥です。群れの中でもめざとい2羽が、オイボレのやったことを、ぜんぶ、見ていたのです。

「ハトのくせに、おれたちを利用するとはなまいきな! 思い知らせてやる!」
2羽のカラスはオイボレの方を追いかけ始めました。カラスは、トンビより、ずっと、小回りがききます。
オイボレが、カラスたちをかわそうと、どんなに急に方向を変えてみても、2羽は、ぴったりと、後についてきました。
思い切って高いところまで急上昇してみましたが、それもむだでした。

「君も高く飛べた時には、海を見たことがあるでしょ? 海の見える方角が東。その反対の方角が西だよ」
「ああ、日が沈んで行く方角が西だね」
「そうそう。それで、海を左に見て、夕日を右にした時、頭の向く方角が南なんだ。だから、南西っていうのは、頭と右のつばさの間の方向さ」
「そうか!」

ハトはピンと来ました。
まだ、とても元気だったころ、ビルの間を吹き上がる風に乗って、仲間といっしょに、町で一番高いビルまでも、楽々と、飛んで行ったものでした。
その時には、家々が、ぺったり、立ち並ぶ、だだっ広い平野の先に、確かに海が見えました。
出ていく船や、入ってくる船。せん回するたび、上がったり、下がったりする水平線。
反対方向に目をやれば、こんもりした森の上に、雲と混じり合うようにして、遠い山々がありました。
冬、とりわけ寒い晴れた日には、青空を背に、すき通るような白い姿が、くっきり、横たわっていたものです。

「あの一つが蔵王だったんだ」
「そこまでなら、君だって行けると思うし、太陽王に会えると思う」
「ありがとう! 行ってみるよ! 君には何てお礼を言ったらいいか!」
ハトは、何度も、ポポッ、ポポポッと、頭を下げました。

「でもね、オイボレ君、君は、ほんとうに、それでいいの?」
チェシャが、ためらいがちに、聞きました。
「太陽王がどんな鳥にせよ、君は、やっぱり、食べられちゃうんだよ。それだったら、ここで、のんきに暮らした方がよくはない? 仲間がいじめるんだったら、ぼくが、毎日、ここに来て、守ってあげたっていい。そうだ、いっそのこと、ヨハンソンさんのところにおいでよ。動物好きの、とてもやさしい人だから、君のことだって、きっと、最後まで、めんどうを見てくれるよ」
「それで、立派なおそう式をしてもらって、お墓に入るのかい?」
ハトは顔を上げて、明るい日差しの中で針のように細くなっているネコの目を、まっすぐ、のぞきこみました。

翌日、ハトは、仲間の目をぬすんでおこぼれをついばみながら、一日中、ネコの言ったことを考えていました。
日が落ちると、いつもの植えこみにかくれましたが、その夜、ネコは現れませんでした。
次の夜も、その次の夜も。ハトは、いくぶん、がっかりしました。

「かつがれたんだな。そりゃそうだ。ネコがオイボレバトのために骨を折ってくれるなんて、あるわけがないもんな。ネコの言うことなんかをうのみにした私がばかだったんだ」
こうして、何日かが過ぎて行きました。
季節はずいぶんと秋めき、夜など、すずしさを通りこして、寒いくらいです。
以前のように、商店ののき下で、仲間と身を寄せ合って夜を過ごしていたら、それほどのことはなかったでしょう。
でも、今は、たったひとり、心細い夜を過ごさなければなりません。

「もうじき、冷たい雨がくる。それから、雪だ。今年の冬を、私は乗り切れるだろうか?」
ハトは、人間にカナバシでつまみあげられ、ゴミといっしょにふくろに入れられる自分を想像して、暗い気持ちになりました。
それでも、何日かすると、傷めたつばさも、ずいぶん、よくなっていました。
それで、年老いたハトは、仲間から少しはなれた手すりに乗って、おこぼれをねらっていました。

人間もハトと同じで、若者たちは元気です。
ぺちゃくちゃ、しゃべったり、笑ったりしながらやってきます。
ふざけあっているうちに、手に持っていたスナックのふくろを落としたりします。
若者たちは大笑い。通路に散らばったスナックを拾いもせずに、行ってしまいます。

ハトたちにとっては大ごちそう。わっと、集まって、たちまち、食べつくします。
年老いたハトも仲間に加わろうとしましたが、なかなか、うまくいきません。
若いハトたちが、意地悪く、年老いたハトを追いはらい、ひとつも食べさせようとしないからです。
そんな時でした。

ポポポーっと、ハトはかたを落としました。
「いいなあ、あんたたち、ネコは。自由自在に生きていて。その上、死に方までかっこいい。それに比べて、町のハトの死に方なんて、ひどいもんだよ」
その目から、ぽろりと、なみだがこぼれます。

「どういうこと?」
ハトは、以前、1羽の年老いた仲間が死んだ時のことを話しました。
ある寒い朝、そのハトは、冷たくなって、ペデストリアン・デッキにころがっていました。
「そしたら、手ぶくろをした人間がやってきて、カナバシでかれをつまみ上げ、ぽいっと、ゴミぶくろに入れて、持って行ってしまったんだ。私の最後もあれかと思うと、本当に情けないよ。いっそ、あんたに食われっちまった方が、ゴミといっしょに焼かれて、けむりになって、空をよごすより、よっぽどましだよ」
「なるほど」
チェシャは、やっと、ハトが自分に食べてほしいと言った気持ちが分かりました。

「だけど、それしか、方法はないの? ゴミになるか、ネコに食われるかしか? ハトは神様からとりわけ愛された鳥なのに?」
「え、そうなのかい?」
「え、知らないの?」
チェシャは、いつか、物知りのヨハンソンさんから聞いた話をしました。ヨハンソンさんは、いつも、人間に話しかけるように、チェシャに、いろいろなことを語って聞かせるのです。

「大昔、大洪水(こうずい)があってね。人も動物も困っていた時に、1羽のハトの勇気がみんなを救ったんだって。それで、神様は、ごほうびにと、特別に、ハトが天使たちと同じつばさを使うことをゆるしたんだそうだよ」
それにしては、年寄りの仲間をいじめる町のハトどもは、ずいぶんと、ばちあたりなのですが。
「別の方法がないわけじゃないんだ。私にはとてもできそうにないってだけで・・・」
ぼそっと、ハトが言いました。
「というと?」
と、身を乗り出したチェシャの目は、暗やみの中で、2つ星のように、キラキラ、光っています。