アーカイブ

7 ペナルティゲーム

足が、がくがく、ふるえます。
「助けをよばなくちゃ!」
美里ははうように玄関ホールまでもどり、声をしぼり出しました。
「だれか助けて!」

ホールはがらんとしていて、人の気配はまるでありません。
美里は自動ドアをぬけ、うらしま館から外に出ました。
来た時と同じ、おだやかな海の景色です。
ところが、向こう岸までの道は、とっくに、海水に飲みこまれていました。

「ああ、どうしよう! そうだ、ガイドさん!」
美里はうらしま館にかけもどり、受付のタブレットに飛びつきました。
プィン!
「何かご用ですか?」
「大変なんです! 大介君が水そうにさらわれました! 弟も行方不明です! どうしたらいいんですか!」
「大介様は、今、ペナルティゲームの最中です」
「ペナルティ?」
「はい、第三問をおまちがえになったので。ご様子をごらんになりたければ、大介様のアバターをおしてください」
「大ちゃんのアバター?」
「画面の右方に・・・」
なるほど、画面の片すみに美里、大介、新一のイラストが並んでいます。

美里は大介のアバターをおしました。
ガイドの顔が消えて、代わりに、水中でもがいている大介のすがたが映りました。
「おぼれてる! 何とかして!」
「では、道具をお選びください」

すると、画面に道具のイラストが並びました。
おにぎり、かいちゅうでんとう、アクアラング。
「アクアラング!」
ピコピコピン!
水中に本物のアクアラングやダイビングスーツが現れて、大介を包みました。
とたんに、大介は楽そうにおよぎ出しました。

5 うらしま館

5、6階ぐらいありました。
正面には大きな自動ドア。
そのかたわらに、チケット売り場のような小窓。
「こんなの、いつ、できたんや? お宮はどこへいった?」
大介はお宮を探しに建物の後ろに回って行きましたが、首をひねりながら帰ってきました。

「後ろには何にもない。入り口はここだけや」
「大ちゃん、ほら、これ」
美里と新一は、チケット売り場のはり紙を指さしました。
そこには白い和紙にすみの字で、「がめ島うらしま館」と、そっけなく、書いてありました。
「うらしま館? 何やろな」
「水族館だよ、きっと。前に遠足で行った松島水族館とそっくりだもん」
「大ちゃんが知らないなら、つい最近、出来たのね。職員さん、いないのかな?」
美里は小窓の奥に目をこらしてみましたが、だれもいません。
「どっちにせよ、おれたち、入れないや。お金、ないもん」
3人ともしゅんとなりました。のどがからからだったのです。
「帰ろう、海が元にもどらないうちに」
大介が鳥居に向かおうとした時、美里は、はり紙のすみに、豆つぶような字を見つけました。

「入場無料って書いてある」
「え、ほんと!」
大介が飛んできて、はり紙に目をこらしました。
「ほんまや。『サービスデイにつき、本日、お3人様にかぎり、入場無料』。すごい、おれたち、何てラッキーなんや!」
「そんな大事なことは、もっと、大きな字で書いてよね」
新一の声も上ずります。

4 がめ島へ

「およいで・・・」
確かに、岸から島まではとても近いように見えますし、波もおだやかです。
それに、島まで点々と連なる岩をたどれば、浩一や大介ならば、楽におよぎわたれるのでしょう。
(でも、あたしたちにはとてもむり)
美里は海水浴場で足が届かなかった時のこわさを、ありありと、思い出しました。

「待ってよ、大ちゃん。こうちゃんが、『島には行くな』って言ったでしょ」
「だまってれば分からんよ」
二人のとまどいをよそに、大介は船着き場の階段を、まるで銭湯のお湯にでもつかるように、とんとんと、下りていきます。

「大ちゃんてば!」
ふり返った大介は、やっと、事情がのみこめました。
「あ、そうか。みーちゃんもしんちゃんもこわいんやな。なれてないもんな」
大介は、ぴょんぴょん、もどって来ました。
「だったら、歩いてわたれるように、おれ、魔法をかけてやるよ」
「魔法?」
「うん。見てて」
大介は島に向かって、かっこよく、両手を広げ、
「海よ、開け!」
と、さけびました。

3 カニつり

かれこれ、1時間以上、およいだでしょうか。
「おねえちゃん、寒い。ぼく、もう、上がる」
新一のくちびるはブドウ色でした。
「うん、あたしも」
美里もすっかり冷えていました。
「ああ、腹がへった! みーちゃん、しんちゃん、何か食いに行こう」
大介も浜に上がってきました。

美里たちは洗い場の水道で砂を洗い落としてから、浜茶屋に入りました。
浩一はとうにもどっていて、友人たちと縁台にすわり、こそこそ、わらいながら、ケータイをいじっています。
3人に気づくと、浩一はビーチタオルを投げてよこしました。

「何でも注文しな」
浜茶屋のよしずにはジュース、かき氷、ところてんなどのはり紙がありましたが、3人はそろって、「ラーメン!」
あつあつのラーメンで、やっと、体が暖まると、大介は「カニつりに行こう」と言い出しました。

「浩一、バケツ、くれ。あと、するめな」
「サンダル、はいて行けよ。海に落ちるんじゃねえぞ」
「わかってる」
大介は浩一の手からバケツをひったくると、美里たちをうながして、浜茶屋を出ました。

2 海水浴

宮本家で水着に着がえた美里と新一は、大介を先頭に、海水浴場へ向かいました。
3人の後ろを大介の兄、浩一が歩いてきます。
大介は、たびたび、浩一をふり返って、「うざい」とか「ついて来るな」とかと悪態をつきますが、浩一はおこるでもなく、にやにやしながら、少しはなれてついてきました。

(こうちゃん、前より、ずっと、背が高くなってる)
正月、美里たちが両親に連れられて宮本家を訪ねた時には、浩一はまだ丸がりの学生服すがたで、飲み食いしながらよくしゃべる大人たちの間に、だまってすわっていました。
「いばってやがんの、あいつ。春に、高校、卒業して、父ちゃんの船に乗り始めたもんやから」

浩一に「ばーか」と、何度もしかめ面を作る大介に、
「やめなよ、大ちゃん」
と、とうとう、美里はつぶやきました。
かみがのび、よれたTシャツにジーパン、サンダルばきの浩一が美里にはとても大人びて見えたのです。

1 宮本鮮魚店

美里はバスのシートに浅くこしかけ、整理券をにぎりしめていました。
ポーン!
顔を上げると、運転席の後ろ、運賃表示機の「日光町」をふちどっていた光が、ぱっと、「堀の宮」に移りました。
「次は堀の宮、堀の宮」とのアナウンス。
ピンポーン!
すかさず、だれかが停車ボタンをおして、バスはゆっくり止まりました。

「おりる?」
弟の新一がシートから体を起こして、あきあきした声で聞きました。
「まだだよ」
美里は残りのバス停を数えます。
「中山、折原、浜中・・・」
きょうだいだけのバスの遠出はこれが初めて。
家族いっしょの時には、わくわく、うれしいバスの中が、きょうはいやに広く思えます。

「バス停、まちがえないでね。そこまでは高巣のおばさんが迎えに出てくれるから」
美里は「裁判所前」のバス停まで送ってきた母親の言葉を、心の中で、ずっと、くりかえしていました。
(バス停をまちがえない。そこまで高巣のおばさんが来てくれる・・・)
「次は柳原、柳原」とのアナウンス。

それから、2週間と2日がたちました。
冷たい雨がつづいたあとの、すっきりと晴れわたった日のことです。
おじいさんちの郵便ポストに、一通の手紙が届けられました。
電話や電気、水道の料金の支払いあんないくらいしか入らないポストに、鉄道会社の封筒が入っていたのです。
なかには、淡いうぐいす色に、あざやかな緑色の四葉のクローバーが全体に散った封筒と、鉄道会社からの手紙が入っていました。

「お世話になっております。その後、お変わりはございませんか。さて、本日、あのお二人から、お客様あてにお手紙をお預かりいたしました。つきましては、お客様へ転送いたします。どうぞ、おたしかめください。 時音駅長」

おじいさんのむねは飛びださんばかりです。
「落ち着け。落ち着け」
おじいさんはいったん、四つ葉のクローバーの手紙を机におきました。
一杯のお茶を飲んで、心を落ち着けてから開けることにしたのです。

熱々のお茶を入れました。それをすすりながら、少しずつ飲んでいきました。
あえてゆっくり、時間をかけて飲みます。
体がぽかぽかしてきました。

帰りの電車のなかで、おじいさんは手紙に書く内容を考えました。
(出だしはこうだな。『こんにちは。このたびはお守りを見つけてくださって、ありがとうございます。あなたのご親切が大変うれしく、こうしてお礼のたよりをしたためました。あのお守りは、わたしにとってはとても大切なもので――』)
家に帰ると、疲れきっていたものの、その日のうちに手紙をすっかり書き上げました。

次の日、おじいさんはふたたび時音駅を訪れました。
「どうぞお入りください。お伝えしたいことがございます」
駅長さんにさそわれるまま、おじいさんはおじゃましました。
「いやぁ、お客様。じつは、お客様のお守りを拾った方がわかったんですよ! 偶然が重なりまして、奇跡のようにわかったんです!」

駅長さんは興奮したように説明してくれました。
「情報をお知らせしてほしいというポスターを作って、あちこちに張りだしていましたら、拾っているところを見かけたという方が現れましてね。大学生くらいの二人連れの女性だということがわかったんです」

見かけたという情報はほかにも入り、やはり若い女性だったということと、いつも決まった時間に時音駅で見かけるという情報でした。
しかも、その時間帯がこれからはじまるというところだったので、駅員さんたちが手分けして見張っていたところ、すんなり見つかったのです。

すっかり刈り取りが終わり、冬支度が整った田んぼのうねを、おじいさんはなるべく急いで横切ります。
ここは通い慣れた道ですが、今日はもう疲れておりますし、いつもよりずっと遅い時間なので、のんびりしていたら日も暮れはじめてしまいます。

田んぼがつき、かれ木の立ちならぶ低い山のふもとに来ました。
その山は切り立ったがけになっており、がけには小さな穴がいくつも開いています。
小さいといっても、大人ひとりが体を小さくして通りぬけられるくらいの大きさはあります。なかは、大人20人くらいが入れるもの、2、3人くらいしか入れないもの、中くらいのものなどがあります。
穴によっては、奥で穴同士がつながっているものもあります。

「さあて。これで安心して神楽山へ行ける。親切などなたかのおかげだ」
右がわのポケットのあたたかさに満たされていると、ふと、あることが気になりだしました。
「このお守りをここにかけてくれたのは、いったいどなただろう」

おじいさんはふたたび、駅の窓口に行きました。
こんどは別の駅員さんがおりました。
おじいさんは、お守りが見つかったことと、見つかったられんらくをしてほしいという書類は、もう必要なくなったことを説明しました。

「かしこまりました。見つかって良かったですね」
おじいさんは、大きくうなずきました。
「それでだ。ご親切な方にひとこと、お礼を申し上げたい。どなたさんなのか、知りたいのだ。探してもらえないかね」
「はあ・・・」