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久しぶりに四郎のところに行くと、四郎の色が青緑色になっている。
「どうしたんや、なんか顔色が悪いで。働きすぎとちゃうか」
「幸平くん、ちがうんや。ぼくは今月でとりはずされることになってしもた」
「なんやて!」
オレはもう少しで、受話器を落とすところだった。
顔色悪い四郎ケータイやスマホが増えたせいで、公衆電話を利用する人がへった。だから代金をかせげない公衆電話を、電話会社がとりはずすことになっているそうだ。
「でも、行列ができるくらい、かけにきてたやないか。四郎はもうけてるはずやで」
「じつはな、悩み相談してるときは、ぼく、お金とらんかったんや」
四郎はランプを力なく点滅させた。
「なんで?」
「本来の通話とちがうから、お金とるわけにはいかんし。それに悩み相談がすんだら、みんなスマホかけて、ぼくを使ってくれへんから・・・」
「四郎は正直すぎるで。よし、オレが電話会社にかけおうたる」
オレは受話器をおいて、ポケットからスマホをとりだした。
「あっ、すまん、すまん。いつものくせで」
オレは頭をかいた。
「ほら、みんなそうなんや。スマホばっかり」
四郎はむくれた。
「そうおこるなって。ええと、電話会社は」
オレは四郎のプッシュボタンをおした。
「もしもし、新宿東口の四郎、いや、公衆電話をとりはずすってきいたんですけど」
「はい、係のものとかわります」
女性の冷たい声がひびいた。
「はいはい、えーっと、新宿東口の緑の公衆電話ですね。型が古いうえに、利用者も少ないので、5月いっぱいでとりはずさせていただきますが」
今度は男の声。事務的な話し方だ。
「でも、スマホ持ってない人もいるから、ここに公衆電話がないと困るんとちがいますか」
「そうおっしゃられても、決まったことなんですが」
「じゃぁ、あと10日で利用者が増えたら考え直してくれますか」
「無理だと思いますが、いちおう検討させていただきます」
係の男は事務的で、オレの申し出を真剣にとりあおうとしなかった。
よーし、見てろよ。絶対に四郎を救ってやる!
オレはすぐ佐藤くんに、四郎の危機をラインで伝えた。佐藤くんは友だちに四郎のことを知らせてくれた。四郎の危機はメールやラインで次々に広まり、1時間後には四郎のところに電話をかけに来る人がやってきた。
翌日からは、四郎のところに長い行列ができた。
「四郎くん、がんばって。負けたらだめよ」
みんな悩み相談もそこそこに、テレカを手に電話をかけた。できるだけ長い時間、長距離でかけた。なかには国際電話をかける人もいた。

「四郎、どうや、だいぶんかせいだやろ」
「うん、幸平くんのおかげや。どんどんぼくを使ってくれて、うれしいわ」
四郎は、元気よくランプを点めつさせた。
「あした、電話会社に行って、四郎のことお願いしてくるわ。帰りによるからな」

この日以来、オレは土曜日の午後になると、新宿東口の電話四郎のところに立ちよるようになった。
四郎と話せるのは、タイミングがある。ランプが消えているときだ。
四郎はオレの姿を見つけると、ランプを消してくれる。そうすると、「この電話は使えない」と思って、だれも四郎に近づかないからだ。
といってもケータイやスマホを持っている人が多いので、四郎を使おうという人はほとんどいないのだが。
「オレな、大阪に好きな子がいるんや。ときどき電話で話すんやけど、今年は中学受験やろ。これからどうしたらええんかなあ」
「ラブレターを毎日書くのはどうや、幸平くん」
「手紙か? 古くさいな。今やメールとかラインの時代やで」
こんな具合に、オレは四郎とその日の学校のこと、家族のこと、彼女のことまで話すようになった。
四郎のおかげで、オレは毎日とても元気になった。学校でも塾でも、クラスメートと話がうまくできるようになってきた。
こんなすごい電話があることを、ひとりじめにしてはもったいないと、オレは塾でとなりの席の佐藤くんに話してみた。佐藤くんはオレと同じようにお父さんの仕事の都合で宮城県から引っ越してきたばかり。ちょっと引っ込み思案だ。
「東京の友だちとは話があわねなあ。四郎さん、オレは国にさ、けえりてえんだ」
「もうすこす、しんぼうしてみさい。佐藤くん」
翌日、佐藤くんは明るい表情で塾に来た。
「幸平君。ぼく、すごくすっきりしたよ。また四郎くんのところに電話しにいくつもりだ」
佐藤くんは、2年下の妹のユリちゃんに、四郎のことを話した。ユリちゃんは、家庭教師で宮崎出身の西先生に話した。西先生は、友だちで沖縄出身の花城さんに、という具合に四郎のことが口コミでどんどん広まっていった。
いつの間にか新宿東口の緑の公衆電話は、お国ことばで悩みの相談にのってくれると評判になった。いつ行っても、だれかが四郎と話している。

ある日の夕方、四郎のところにいってみると、なんと行列ができている。女子高生に、中年サラリーマン、そして小学生まで・・・十数人が四郎の電話の順番を待っている。まるで人気占い師のようだ。
少し離れてオレは、しばらく様子を見ていた。
「ありがとう、四郎くん。私、明日からがんばって学校に行ってみる」
それまでうなだれて受話器をにぎっていた女子高生に笑顔がもどった。どうやら学校でいじめにあっていたみたいだ。彼女はせすじをのばし、元気よく改札口の方に歩いていった。
同じように、疲れた中年のサラリーマンも、不安げな小学生も、電話のあとすっきりとした顔で四郎のもとをはなれていった。
「四郎のやつ、すごいで。もう地方出身者だけやなくて、大人も子どもも、どこの人にもみんな元気を分けているんや」
オレは飛び上がらんばかりだった。そして四郎をみいだして、四郎のことをみんなに紹介できたことに鼻高々だった。

「うわっ! 電池切れや」
オレはJR新宿駅東口の人ごみの中で立ちすくんだ。スマホの液晶画面の電池マークが点めつしていたのだ。
オレ、山本幸平、小学6年生。5年生の冬に、父ちゃんの仕事の都合で大阪から東京に引っ越してきた。
今日、オレは新宿に参考書を買いに来た。でも途中で、ゲーム攻略本を読みふけっていて夕方になってしまった。
「電話、電話、公衆電話は・・・」
オレはあわてて探したが、携帯電話やスマホを持つ人が増えて、まちの公衆電話はどんどん減っている。なかなか見つからない。
「あった!」
かいだんの近くに公衆電話を見つけ、かけよった。
汚れた四郎「うわっ、なんや、えらい古い電話やなぁ」
今どき見かけない緑のプッシュ式の公衆電話だ。受話器をとってみると、電話のランプが消えているのに気がついた。
「あっちゃー、これ、使えへんやん」
オレは受話器をおいた。
「こんな時に、もう。こまったなぁ」
オレはあたりを見渡した。このへんに公衆電話はないようだ。
「母ちゃんに電話しないと、またおこられてしまう」
ためいきが出た。
「元気だしなはれ」
「えっ、だれや?」
オレはみまわした。あたりはサラリーマンや買い物帰りの人が足早に通るだけ。
「ぼくや。いま、きみがかけようとした公・衆・電・話」
オレは思わずふりかえった。まさか、電話が・・・。
でもたしかに、この公衆電話がオレに話しかけたような気がする。
「さぁ、はよ、テレホンカードを入れて」
「うわっ! なんで電話がしゃべるんや、しかも大阪弁やで」
オレは気味悪くなって、あとずさった。
「こわがらんでもええ。わけはあとで話すから。テレカ入れてみ」
電話はランプを点めつさせた。
「う、うん」
緑の公衆電話にうながされ、オレはテレカを入れた。
「お母さんに電話するんやろ。その前にぼくにちょっと話してみ。すっきりするで」
「う、うん」
「はよ、話してみ。なんでも聞いたるさかい」
そう言われても、すぐに話せない。
だまっていると「はよう、話してみ」と急かしてくる。
「オレな。大阪から東京に引っ越して来て5か月やねんけど、友だちできへんねん」
「そうかあ、やっぱり大阪が恋しいやろなあ」
公衆電話はやさしく聞いてくれた。
オレは小さいときのくせが出て、受話器のコードを指でいじりながら話しだした。
東京に出てきてから人前で話すとき、かっこ悪いから大阪弁を出さないようにしていた。でもこの電話には、大阪の友だちと話すときのように自然にことばが出た。
いつの間にか公衆電話相手に、学校のこと、気が進まない中学受験のことをぐちっていた。
「いろいろ話せて、なんかすっきりしたわ。電話さん、ありがとう」
「どういたしまして。いやなことあったら、いつでも来てな」
公衆電話がにっこりわらった。
「でも電話さん、なんでしゃべれるねん? しかも大阪弁で」
「長いこと電話やってるとな、知恵がついてしゃべれるようになったんや。大阪弁だけやないで、東北のことばも九州のことばもしゃべれるで。なんせ東京はいろんな地方出身者がおるさかい、お国ことばは、みーんなおぼえてしもた」
「また来るわ。電話さん」
オレは受話器をおこうとした。
「なぁ、『電話さん』はやめてえな。ぼくにも名前があるんやで」
「へぇー、電話のくせに名前か。なまいきやなぁ。で名前は?」
「四郎や。人呼んで『電話四郎』」
「でんわしろう? しゃれみたいな名前やな。オレ、幸平。山本幸平いうねん」
「幸平くん、元気でな。また来てや。そうそう、お母ちゃんへの電話、忘れたらあかんで」
そういうと、電話四郎はランプをつけたり消したりした。どうやらウインクのつもりらしい。
四郎のおかげで、ゆううつな気持ちがさっぱりした。
四郎にもう一度目を向けると、さっきと様子がちがう。
「おい、四郎。どないしたんや。なんか普通の公衆電話みたいやで」
「あほ! ぼくはもともと公衆電話や。もう仕事やから普通にもどってるんや。テレカ入れて電話せな」
「あは、そうか。ごめんごめん。」
オレは母ちゃんに電話をした。母ちゃんはめずらしく小言をいわなかった。

犬や猫51EqxHD0m+L__SX352_BO1,204,203,200_
犬やねこが消えた
井上こみち 著
ミヤハラヨウコ 絵
学習研究社

小さい頃から犬やねこがいつもそばにいた私にとって、この本は衝撃的で、出版されると、むさぼるように読んでいたものである。
2008年に出版され、某紙の書評で紹介したことがあるが、戦後70年を迎えるにあたっていま一度、皆さんに読んでいただきたく紹介する次第である。

先の大戦で兵器を作るため、人々が鍋や釜を供出したことはよく知られた事実である。ところが、家族の一員だった犬やねこが供出させられたことを知る人は少ない。
本書は、戦争で引きさかれた人と動物の悲しいできごとを、ねばり強い取材でまとめあげたノンフィクションである。

戦況が悪くなってきた1943〜44年頃、軍部は家庭犬を供出せよとの通達を出した。
その目的は、
・寒い戦地の兵士のための毛皮をつくる
・狂犬病をなくす
・空襲時に犬が暴れ出す危険を回避する
というものであった。
この事実を得た著者は、取材を急いだ。なぜなら犬やねこの供出体験者はみな高齢だったからだ。
日本各地への取材は続く。しかしその取材は、体験者から悲しい思い出を聞き出すつらいものであったことは想像に難くない。

愛猫を供出したとたん、断末魔の声を聞いた人、供出された犬・ねこを撲殺する役目を負った人、供出から犬を守った人、それぞれの証言を読む度に、大人も子どもも滂沱(ぼうだ)の涙を流さずにはいられないだろう。そしてこれらの証言から、あらゆる命を奪う戦争の恐ろしさを感じずにいられない。

戦後70年を迎え、いままで我が国が守り続けてきたものが崩れようとしている。そんな時だからこそ、この作品を通して、いま一度、命の尊さや戦争のおろかさについて、親子で話し合う機会をぜひ持ってほしい。
もちろん、動物が供出されることなど、もうないと信じたいが、戦争は人を狂気にかりたてることを忘れてはならない。
著者はいう。もの言えぬもの、弱い立場にあるものが安心して暮らせる世の中であってほしいと。人と動物をテーマにノンフィクションを多数手がけている著者の、重みのあるメッセージを多くの読者に受け取ってほしい。(2015年7月記)

ロボットハンター書影

電子書籍になりました!

「新作の嵐」で公開しました童話『ロボットハンター』が、マイナビ出版より電子書籍として発売となりました。
Amazonはじめ電子書籍ストアで購入ができます。パソコン、スマートフォン、タブレットで読むことができます。
ぜひご一読を!

中村文人・文 いなのべいくこ・絵 『ロボットハンター』 378円
◆Amazonへの購入サイトはこちらへ  → 『ロボットハンター
白ネコとロバ型ロボットが繰り広げる冒険活劇童話です!

ロボットハンター挿絵1◆ストーリーの一部をご紹介
「あ、あかん、もうおいらは、あかん・・・。これでもう、おさらばや」
おいらは、ロバ型ロボットのサム。いつのまにかこわれて、この松林の入り口にすてられたみたいだ。もう予備バッテリーもきれそうだ
「はあ? あれは、・・・」
向こうから、だれかがやってくるのがみえた。
「白いな・・・。しっぽが、長い・・・。ネ、コ、か・・・。白、ネ、コ・・・。だ、れ、や」
その白っぽいやつは近づき、おいらのはなをかるくけった。そのときだ。
ビビビ、ガゴーガゴー。
大きな音とともに、おいらの体が動き出した。
「うわっ!」
そいつが、うしろにとびはねているのがみえた。やっぱり、白ネコだ。ウエスタンハットなんかをかぶっていやがる。
「こいつ、びっくりさせやがって!」
その白ネコは、タヌキのように太くなったしっぽをなでながら、おいらのはらをいっぱつけりとばした。

そのときです。タヌキさんがいいました。

「店長、さっきの、あの調子でいいんじゃないんですか」

「そうですよ、あの『おねえことば』もなかなか楽しかったですよ」

シカさんもいいました。

「ぼ、ぼくも、店長はやさしい話し方ができるようになると思います」

リスくんは、うつむきながらいいました。

「やさしい話し方とか『おねえことば』ってなんだよ」

イノシシ店長は、顔をあげました。

「えー? 店長、気がついてなかったんですか? いつもこわーい店長が、さっきからきゅうにやさしくなったりしたので、どうしたんだろうと思ってたんです」

シカさんはにっこりしました。

「こわい? おれって、いつも、こわいのか?」

「いつでも、こわいでーす!」

シカさん、タヌキさんが声をそろえました。

「オレのいいかたって、ちょっときつい?」

「ものすごーく、きついでーす」

お客さんの声がそろいました。

「みんなそう感じていたのに、オレは・・・」

店長は、力なくイスにすわりこみました。

「リスくん。すまなかった」

「いえ、そんな・・・」

リスくんは、はずかしそうにいいました。

「もう、これからはきついいい方しないから、リスくん! さぁ、本当においしいラーメンを食べてもらうために、しっかりお仕事しましょ、あれ、またおねえことばになってるぞ」

「アハ、ハ、ハ」

みんなの顔が明るくなりました。

 

「店長、チャーシューメン大盛りで」

「特製ラーメン、まだですか?」

「いまイノシシスピードでつくってまーす」

店長は汗をかきながら答えます。

「店長ったら、冗談いってないで、早く早く」

「よっしゃあ、ウルトラ・イノシシスピード!」

お客さんも、イノシシ店長も、リスくんもみんな明るい顔になっています。お店の中はおいしいにおいと笑い声であふれています。

ヤギさんはそのやりとりをみていて、満足そうな顔をして店をでました。

 

「あれ? ヤギさんがいない」

リスくんは、店の外へさがしに行きました。

町外れにたどりつくと、ヤギさんは、もうたるを片付けています。

「店長は気づいてくれたようじゃなあ」

「ヤギさんのおかげです。ほんとうにありがとう! あの、つけもの代はいくらですか?」

「お代はいらんよ」

ヤギさんは、たるをふろしきでつつみました。

「え、どうして?」

「ことばをつけるとなあ、ぬかの味がよくなるんじゃ。おかげでつけものは、どんどんおいしくなって、よく売れる。だからお代はいらんよ」

ヤギさんは、歩きだしました。

「ありがとう、ヤギさん。お願いがあるんだけど。あの袋とぬかを少し分けてほしいんだ」

「どうするんじゃ?」

ヤギさんはふりかえりました。

「またイノシシ店長がきついいい方にもどったとき、あのつけものをつけようと思って」

「そりゃ、もう必要ないわい。店長もことばの大切さをよくわかってくれたからの」

「でも」

リスくんは、うつむいてしまいました。

「リスくんの心の中に、あの袋とぬかがあるんじゃ。こまったときは、心の中でつけものをつけてごらん。必ず解決するから」

「うん、わかった。ぼく、がんばってみるよ」

リスくんは、ヤギさんの目をしっかりとみつめました。

「ありがとう、ヤギさん」

リスくんは、手をふりました。

「いらんかねえ、つけものはいらんかねえ」

ヤギさんの声が少しずつ遠くなっていきました。

「いらんかねえ、つけものはいらんかねえ」

「おい、リス。このやろう、この忙しいのに、どこにいってた?」

お店に帰ると、さっそくイノシシ店長のきついことばがとんできました。

「あの、あの」

「ほんとうにおまえは、はっきりしねえな」

イノシシ店長は、リスくんをばかにしたように、そっぽをむきました。

リスくんは、ひるむことなく、店長の前にぐいっと進み出ました。

「おいしいつけものをみつけたので、ラーメンにそえてはどうかと思いました。で、そのつけものやさんをつれてきたのです」

シカさん、タヌキさんがびっくりするほど、リスくんは大きな声ではっきりいえました。

「そ、そうか。じゃあ、店の中へよべ」

イノシシ店長もおどろいた顔でいいました。

「へーい、店長さん、このたくあんをどうぞ」

ヤギさんは、たくあんをさしだしました。

「お、うまそうじゃないか。色もいい」

イノシシ店長は、つけものをいっぺんに口にほうりこみました。ボリ、ボリ、ボリ、ボリ。

「うまいな。これをオレ様の世界一うまいラーメンにつけると、うまさがもっとひきたつな。よし、じいさん、ウチととりひきするか」

「まいどありがとうございますぅ」

ヤギさんは、ふかぶかとおじぎをしました。

「じいさん、オレのラーメンはびっくりするほどうまいぞ。つくってやるから食っていけ」

――おかしいなあ、イノシシ店長のことばはいつものままだぞ

リスくんはヤギさんをそっとみました。ヤギさんはお店のカウンターのはしにすわって、ニコニコしています。

プルプルルー、プルプルルー。

お店の電話がなり、イノシシ店長がでました。

「あ〜ら、ネコ山様、店長のイノシシでございますわ。おせわさま。あしたの予約? いやだあ、あたしったら、すっかりわすれてるう。4名様で12時からですね。おまちしてますわ」

お店の電話がなり、イノシシ店長がでました。

――うひゃー、なんだ、あの「おねえことば」は。あのつけものがきいたのかな?

リスくんは、ヤギさんのほうをみました。

ヤギさんは、うっとりしながらチャーシューのにおいをかいでいます。

「おい、リス、なにしてんだよ! さっさとどんぶりを洗え、このやろう」

イノシシ店長は、リスくんをにらみました。

――あれ、おかしいなあ? 店長にもどってるぞ。もうききめはきれてしまったのかな

そのとき、サルさんが配達にきました。

リスくんが箱の中を見ると、ラーメンのめんではなく、うどんが入っています。サルさんは、びっくり。リスくんも、青くなりました。

「おい、リス、どうした?」

「て、店長、うどんがきてしまいました」

リスくんは、ブルブルとふるえました。イノシシ店長の怒る姿が、目に浮かんだからです。ところが……。

「だれにでもミスはあるものだ。すぐとりかえるように手配したまえ、リスくん」

イノシシ店長は、こんないい方をしたことはありません。みんなは、店長の方を見ています。

「なんだよ、みんな。さっきからじろじろ見やがって! やい、リス、文句あんのか」

イノシシ店長は、リスくんに近づき、むなぐらをつかみました。

「ぼ、ぼくはなにも、ご、ごめんなさい」

リスくんは、目を真っ赤にしてふるえています。

ところが・・・。

「あら、いやだ、リスくんったら、こんなにふるえて~。もう、こ・わ・が・ら・な・い・で」

イノシシ店長は、リスくんのあたまをなでなでしました。

 

「店長、開店の時間です」

外では、ラーメンを食べようとお客さんがならんでいます。お店が開きました。

「チャーシューメンください」「特製ラーメン、大盛りで」「ぼくはモヤシ多めで」

お客さんはおいしそうに食べていますが、みんなだまって食べています。話しながら食べたり、笑ったりしようものなら、イノシシ店長は「だまって味わえ」と、どなるからです。

「ごちそうさま」

うさぎさんが食べ終わりました。

「うさぎさん、店長が怒るから、チャーシューを残さず食べてくださいよ」

リスくんが、うさぎさんの耳もとでそっといいました。

「おい、リス! なにこそこそ話してんだよ」

店長は、どんぶりをうばいとりました。

「おい、チャーシューを残すような客は、もう食いにこなくていいぞ」

イノシシ店長は怒りで目をつり上げています。

リスくんは、心ぞうがバクバクとしてめまいがしてきました。そのときです。

「チャーシューやスープはこんなにおいしそうなのに、ラーメンになると、何かたらんのう」

ヤギさんが、カウンター席でつぶやきました。

「やい、じじい、もういっぺんいってみろ」

「ああ、なんどでもいうよ。これで世界一うまいラーメンとは、あきれてものがいえんわい」

「なんだと! このじじい」

イノシシ店長は、怒りで体がふるえています。が、店長の様子が変です。

いつもなら、気に入らないときは、お客さんでさえも店から追い出すはずなのに、いまは、頭をさげたままなのです。

「な、何が足らないだ。教えてくれ」

「ことばじゃ。味にはのう、ことばのスパイスが必要なんじゃ。店長、アンタはきついいいかたばっかりだ」

「きついいいかたばかり・・・」

「そうじゃ。『まいどありがとうございます』『お味はいかがですか』というお客をもてなす心のこもったことばが、なぜいえんのかな」

「心のこもったことば・・・」

イノシシ店長は、くちびるをかみしめました。

「それがなければいつまでたっても、ほんとうにうまいラーメンはつくれんぞ」

ヤギさんのことばに、店長はがっくりとひざをつきました。

リスくんの顔は、涙と鼻水でぐしゃぐしゃになっています。手を見ると、ヤギさんからもらった袋がパンパンにふくらんでいます。

「どうなっているんだ?」

リスくんは、ふくろをそっとあけてみました。

「のろま!」「おまえのようなやつは!」

イノシシ店長のどなり声です。リスくんはあわてて袋の口をしめました。

「うわー、袋が、店長のことばをすいとってる! よーし、これをつけものにしてもらおう」

リスくんはヤギさんのところにいってみましたが、たるだけがおいてありました。

「ヤギさーん、あれ、いないなあ。悪いけど勝手につけさせてもらおっと」

そこには、黄色に茶色、白、オレンジのたるがありました。

そこには、黄色に茶色、白、オレンジのたるがありました。

「どれを入れたら、店長のことばがなおるつけものができるのかな。よし、全部入れてやれ」

リスくんは、小さな手で、すべてのたるのぬかを何杯も袋にいれました。そのたびに「こののろま!」と、店長のどなり声がもれてきます。

「ひー、店長だ」

リスくんは、ひっしに袋をふりました。

中をのぞいてみると、くろっぽいものが10切れもできています。

「店長のことばのつけものはまずそうだけど、店長に食べさせてやる!」

リスくんは、急いでお店に帰りました。

 

「おい、リス、どこへ行ってた!」

店長は、チャーシューを切りながら、横目でにらみました。

「て、店長。これを食べてみてくれませんか?」

「ふん、なんだ、つけものか」

「ぼ、ぼくが、つけてみたんです」

店長がひときれつまみました。ボリボリ。

「うえー、なんだこの味は。こんなものをつけに、店をさぼっていたのか、このやろう」

店長は、おたまをリスくんになげつけました。

「店長のオレ様をばかにしやがったな!」

「ひえー、ごめんなさーい」

リスくんは、また店をとびだしていきました。

 

「おや、リスくん、どうしたんじゃ?」

ヤギさんが、青い顔をしたリスくんに声をかけました。

「ヤギさんのいないときに、店長のことばをつけものにしたの。それを食べさせたら、店長はもっときついことばになっちゃったんだ」

リスくんは、袋の中の残ったつけものをみせました。

「おやおや、これを食べさせたのかい? よしワシがつけかたを教えてあげよう」

ヤギさんは袋に新しいぬかを入れて、リスくんにわたしました。

リスくんは袋をふりました。

ジャンカ、ジャンカ、ジャンカ。

「中をみてごらん」

「ぜんぜん変わってない! 黒いままだ」

リスくんは、袋の中とヤギさんの顔を交互に見ました。

「リスくんは店長のことを責めながらふらなかったかい」

「えっ?」

「『店長のやつ、いまにみてろ』っておもいながらではだめなんじゃ。店長がやさしいことばになって、みんなと楽しく仕事ができますように、と心をこめてふってごらん」

ヤギさんにいわれ、リスくんは、目をつむり、祈るような表情で袋をふりました。

シャカシャカ、シャカシャカ、シャカシャカ。さっきとちがって軽やかな音がしています。

「もういいじゃろう。袋をあけてみてごらん」

袋の中から、黄金にかがやくようなたくあんができていたのでした。

「ワシが、これを店長に食べさせてやろうか」

「ほんとう? 店長のことばは、なおるよね」

リスくんとヤギさんは、歩き出しました。

「ワシのつけものは、ことばを直すことはできるが、その人の気の持ち方も大切なんじゃよ」

「じゃあ、ぼくも気持ち次第で、店長がこわくなくなって、ちゃんとはなせるようになる?」

リスくんは立ち止まってヤギさんをみつめました。

「そうとも。ワシのつけものは、しっかりきくんじゃ。あとはリスくんの気の持ち方じゃよ」

「そうかあ」

リスくんは、ヤギさんの顔をみあげました。

「おい、リス! どこにいってやがった」

つけものを食べて元気が出たと思ったリスくんですが、イノシシ店長のこわい顔を見ると、やっぱりおどおどしてしまいます。

「おい、リス。かつおぶしの注文はどうした!」

「ち、注文は、あ、明日でもいいと・・・」

「オレが聞きたいのは、注文をしたのか、まだなのかだ。どっちなんだ。はっきりいえ!」

店長は、リスくんをにらみつけました。

「あ、あの、あの・・・」

「もう、いい! おまえみたいなやつがいると、ラーメンのスープがまずくなる!」

イノシシ店長は、まないたをたたきました。

「あ、あんまりだあ」

リスくんは、店をとびだしていきました。

「おい、リス! どこにいってやがった」

「ヤギさん、ヤギさーん」

リスくんは目に涙をいっぱいためて、ヤギさんの前に立っていました。

「おや、リスくん。あの浅づけでは、あまりききめがなかったみたいじゃのう」

「うん、ぼく、いいかえせなかった。うえーん」

「おやおや、泣くんじゃない、泣くんじゃないって。もう一度この袋に口をあててごらん」

「店長、それはいいすぎですぅ」

茶色の袋はさっきのように、少しだけふくらみました。

「では、白のぬかでいくかのう」

シャカシャカ、シャカシャカ、シャカシャカ、シャカシャカ、シャカシャカ。

ヤギさんは、さっきより念入りにふっています。

袋から白いたくあんが一切れでてきました。

「さあ、お食べ。これで、はっきりしたことばで、はなせるようになれるはずじゃ」

「ありがとう、ヤギさん」

ポリポリ、ポリポリ。すると、リスくんのしっぽが、またぴんとしてきました。

「よーし、今度こそ、店長にガツンというぞ!」

「その調子、その調子。がんばるんじゃよ。そうそう、この袋をもう一枚もっていきなさい。なおしたいことばがあれば、またおいで」

ヤギさんは、リスくんを見送りました。

「おい、リス。この忙しいのに、なにをしてた」

イノシシ店長は、リスくんをにらみつけました。

「は、はい、すみませんでした」

「おい、リス! 明日の予約は何人だ」

「は、はい、あの〜、確かあ」

「すぐに答えられないのか! おまえは」

店長はよほど虫のいどころが悪かったのでしょう。「この、のろま」「なにやってんだ!」と店長は、リスくんにあたりちらしました。

いっしょに働いているシカさん、タヌキさんは、おこられないようテキパキ、ハキハキ。でもリスくんはおどおどして、ドジばかり。イノシシ店長は、そんなリスくんをきらいなのかもしれません。

――よーし、みてろ。つけものパワーだ!

リスくんは、ヤギさんのことばを思い出し、店長の前に立ちました。

「店長! ぼくだけにどうしてそんなきついいい方をするんですか? ぼくだって、いっしょうけんめい仕事をしているんですよ」

シカさんとタヌキさんは、その声にふりかえりました。リスくんがイノシシ店長に、はじめてはっきりと意見をいったからです。

「・・・・・・」

店長は、何もいえないようにみえました。

ところが、それはほんのいっしゅんでした。そのあとは「なんだとー、なまいきな」「オレのいい方が気に入らなければ、さっさとこの店から出ていけ」と、さっきよりきついイノシシ店長のことばが、リスくんにとんできます。

「うえ〜ん、ひどいよ〜」

リスくんは、目をまっかにして、またお店をとびだしてしまいました。

ある日の昼下がり、リスくんが、町のはずれをとぼとぼと歩いていました。

リスくんは、ラーメン屋さんの「イノシシけん」で働いています。このお店のラーメンはおいしいと町でひょうばんです。

でも店長のイノシシはおこりっぽくて、こわいのです。

けさもイノシシ店長に、ねぎのきざみかたが悪いと、リスくんはおこられてしまいました。

「いっしょうけんめいやってるのに、店長ったら、きついいい方ばかりするんだから」

リスくんは、くやしくてたまりませんでした。

気分はすっきりせず、大きなしっぽが、だらんとたれさがったままです。

そのとき道の向こうから、のんびりした声がきこえてきます。

「えー、いらんかねえ」

このあたりでは見かけないヤギさんが、大きなふろしきを背負って歩いてくるのが見えました。

「つけものはぁ、いらんかねえ」

「つけものかあ、おいしそうだなあ」

リスくんは、かけよっていきました。

「へーい、いらっしゃーい」

ヤギさんはゆっくりと荷物をおろし、みちばたにたるをならべだしました。

「ねえねえ、どんなつけものがあるの?」

「たくあんにきゅうり、なんでもあるよ。それに、うちはなあ……」

ヤギさんは白いヒゲをなでながら、じいっとリスくんを見ました。

「お客さんがもってきてくれた材料でも、つけものにできるんじゃよ」

「それじゃあ、うちのお店からニンジンをもってこよう」

リスくんは、かけだそうとしました。

「お客さん、おまちなさい。ワシのつけものは、野菜でなくてもできるんじゃよ」

ヤギさんは、たるのふたをあけました。

「じゃあ、木の実とかをつけるの?」

「いいや、ことばじゃよ」

「ことば? え、なにそれ?」

リスくんは、大きな目をさらに丸くしました。

「ワシは、ことばもつけものにできるんじゃ」

ヤギさんは、リスくんに茶色のビニール袋をわたしました。

「この袋を口にあててなあ、何とかしたいことばやなおしたいことばをしゃべってごらん」

「そうしたら、どうなるの?」

リスくんは、袋を太陽にすかしてみました。中はなにも入っていません。

「つけものにかわるんじゃ。それを食べるとなあ、なおしたいことばが、自分の希望するようなことばになって、口からでてくるのじゃ」

「へえ、すごいや。でも、ぼくのなおしたいことばっていうと・・・」

リスくんは、うでぐみをしました。

リスくんは、袋を口にあてました。イノシシ店長のことを思い出すと、思わずよわよわしい声が出てしまいました。

「ぼく、いっしょうけんめいやってますぅ」

すると袋が少しふくらみました。リスくんは、それをヤギさんに差し出しました。

「へーい。お客さんは、なかなかいいたいことがいえないんじゃな」

「うん、イノシシ店長がおこりんぼだから」

「そうかい。では、これにしようかのう」

ヤギさんは、黄色のたるのふたをあけました。

「お客さん、早くためしてみたいかい?」

「うん、食べるとぼくのことばは、どうなるのかな。どんな味がするのか食べてみたいよ」

「じゃあ、浅づけにしてみるかのう」

ヤギさんは、たるから黄色いぬかを少しつまみ、袋の中に入れ上下にふりました。

シャカシャカ、シャカシャカ、シャカシャカ。

「ほーら、できたよ。お客さん」

ヤギさんは、リスくんに袋をわたしました。

袋をあけると、ちいさな黄色いたくあんが一切れ入っています。

ことばのつけものやさん

「へえ、ことばって、つけものにするとこうなるんだ」

リスくんは、口にほうりこみました。

「からくて、おいしいね」

「これはカラシづけで、いいたいことがしゃきっとしたことばでいえるようになるんじゃよ」

「ん? なんか元気がでてきたぞ。よーし、きょうこそ店長にはっきりいってやる!」

リスくんのしっぽが、ぴんとしてきました。

「なおしたいことばがあれば、またおいで」

「ありがとう! ヤギさん」

リスくんは、かけだしました。

「お客さーん、いまのは、浅づけじゃから、ききめは弱いよ、おーい、きこえとるかねえ」