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はじめてのおともだち

サマースクールも無事に終わり、新学期まであと1週間になりました。お兄ちゃんは朝早くから、「友だちと遊んでくる!」と出かけました。一方、ソラはテレビをボーッと見ていました。鼻をキュキュと動かすと、まほうが使える奥さまのドラマです。もちろん何を言っているのかわかりません。

「トントントン」
ドアを叩く音がしました。
「ソラ、出てちょうだい?」
ママが台所からさけんでいます。ソラはしかたなく立ち上がり、ドアを開けました。すると金色の髪をした背の高い女の子が立っていました。

「ハァーイ!(ねぇ、いっしょに遊ばない?)」
女の子はニコニコして言いました。
「ハァーイ」
ソラは右手をあげニコニコしました。
「(あそこの公園で遊ぼうよ!)」
女の子は道路の向こうの公園を指して言いました。外はいい天気で、ギラギラと太陽が照りつけています。

「あらっ・・・ハロー」
ママが来て、女の子に手を出しました。
「ハァーイ(私はそこに住んでるミリンダです。彼女といっしょに公園で遊んでもいいですか?)」
女の子は英語でペラペラいっきにしゃべります。

「ママ、なんて言ってるの?」
「よくわからないけど、たぶんソラと遊ぼうって言ってるんだと思うの。ア~ン、マイドウター、ソラ」
ママはソラをだき寄せ、頭をポンポンしました。

「オッケー。ソラ?」
ソラはとりあえずニコニコうなづきました。すると女の子は親指を立てて、
「ソラ、レゴー」
と言って公園の方に歩き出しました。ソラは「レゴー」の意味がわかりませんでした。でも、遊びにさそわれたのがものすごくうれしくて。あわてて女の子のあとを追いました。

耳が2つあるワケ

アメリカに来てから、ソラの家族にはいくつかの新しい日課が加わりました。その一つが「夜の勉強会」です。
日本にいるときのパパは、お酒を飲んで夜おそくに帰っていました。でも、ここでは毎日、夕方5時には帰ってきます。車で会社に行くのでお酒も飲んでいません。なので夜ご飯を家族みんなで食べ、そのあとに「夜の勉強会」をするのが日課になりました。

もともとはパパがお兄ちゃんに、日本のお勉強を教えることが目的でした。ところが、いつのまにかパパに、その日にあったことを報告したり、英語を教えてもらう時間になりました。
「今日は楽しかったかい?」
勉強会はパパのこのひと言で始まります。
「今日ね、ミスター・ブラウンがね・・・」
ソラは早速、オレンジ色のナップザックからノートを取り出しました。
「今日もミスター・ブラウンの似顔絵をかいていたんだね」
パパは笑いました。

「うん! そしたらね、これ、ホラ!」
ソラは体を乗りだして、ノートの「アイウエオ」をさしました。
「どれどれ・・・アイウエオ?」
「うん! アイウエオって言ったの! あとね、あとね、コレ!」
「おしょーゆ・・?」
「うん! ミスター・ブラウンがね、アイウエオ、おしょーゆって言ったんだよ!」
「そんなこと言ってないよ~」
お兄ちゃんがノートをうばい取りました。

「絶対に言った! ボク、ちゃんと聞いたもん」
こういうときのソラは強気です。絶対にゆずりません。
「アイウエオ、おしょーゆ、アイウエオ、おしょーゆ・・・。あ~、そっか! そうか! ソラはすごいなぁ!」
パパはおなかをかかえてゲラゲラ笑いました。

「おしょーゆ」って英語なの?

アメリカのおうちは、日本の5倍くらいの広さでした。冷ぞう庫、そうじ機、せんたく機、テレビ、ソファ、アイスクリーム、パンケーキ、お肉・・・、すべてが「ビッグサイズ」です。ソラのベッドも3倍くらい大きくなりました。そして、ママのさけび声も「日本にいるときより大きくなった」と、ソラは感じていました。

その日の朝、ママの大きな声でソラの一日は始まりました。
「ソラッ、サマースクールにちこくするわよ!」
ママが階だんの下からさけんでいます。
「・・・うん・・・」
ソラはそのままベッドの横にうずくまってしまいました。おなかの中でイモ虫がモゾモゾ動き出して、いたくなってしまったのです。

サマースクールは子どもが夏休みに行く学校です。アメリカは夏休みもビッグサイズです。3か月もあります。子どもたちは前の学年のおさらいをしたり、新学期の準備のためにサマースクールに通います。ソラが引っ越してきたとき、学校は夏休み。
「早くなれた方がいいから、サマースクールに申しこんできたぞ」
仕事から帰ってきたパパは、笑顔でこう言いました。

「やった! 早く学校に行きたい!」
お兄ちゃんはかなり前向きです。「外国には絶対に行きたくない!」と泣いて反対していたのがうそのようです。
一方、ソラは行きたい気持ちと行きたくない気持ちでゆれ動いていました。
「ソラはお兄ちゃんと同じ7年生のクラスに入れてもらおう。カイト、ちゃんとソラのめんどうをみるんだぞ」
パパはお兄ちゃんに言いました。
「わかった!」
お兄ちゃんは、お兄ちゃんっぽく力強く答えました。お兄ちゃんといっしょのクラスと聞いて、ソラは楽しみになりました。

なぜ、あいさつするの?

それからの3日間は目まぐるしいものでした。ソラはデパートでピンクのワンピースと白いサンダルを買ってもらいました。お兄ちゃんは真っ白なスーツを買ってもらいました。もちろん選ぶのはママです。ママもちゃっかりむらさき色のコートを買っていました。

家の中に積み上げられたダンボールが次々と運び出されました。ご近所さんが代わる代わるおせん別を持ってきました。
出発の日、空港にパパのお友だちや部下の人たちがたくさん集まりました。おじさんたちは代わる代わるソラの近くによってきて、こう言いました。

「子どもはすぐなれるから大じょうぶだよ」
「3か月もすればペラペラになるよ」
「子どもは耳がいいからね」
「そうそう。大人は頭で考えちゃうけど、子どもは耳で覚えるから早いんだよね」
パパが言っていたのと同じです。子どもは3か月でペラペラになるみたいです。

飛行機の中ではきれいなスチュワーデスさんが、やさしくしてくれました。
「はい、オレンジジュースをどうぞ」
「はい、チョコレートをどうぞ」
「寒くないですか? 毛布、かけますね」
スチュワーデスさんはみんな、かみの毛を一つにキュッと結んでいました。見るもの、聞くものすべてが、ソラには初めてでした。おかげでのうミソはバクハツしそうでした。

「夜明けがすごかったね! 七色に空が変化していくなんて初めてみた!」
とお兄ちゃんは興ふんして言いましたが、ソラは全く覚えていません。
「ソラ、おまえ、まさかママのアイスクリーム食べたことも覚えてないの?」
「ボク、食べてないもん」
ソラののうミソの記おくの箱は満パイになってしまったようです。ただ、パパのいびきがうるさかったことだけはしっかり覚えていました。

当サイトで公開しています『ズゼちゃん大好き』(小熊猫吉さん著)が書籍としてCATパブリッシングより出版されることになりました(書籍では「ごんどうまさよし 文・絵」)。

書名をクリックするとCATパブリッシングストアから購入できます。→『ズゼちゃん大好き

『ズゼちゃん大好き~ラトビアからやってきたゾウと飼育員の物語』(ごんどうまさよし 文・絵)
ズゼちゃんは北欧の国、ラトビアで生まれたアジアゾウの女の子。
阪神・淡路大震災の翌年にはるばる神戸市立王子動物園にやってきました。今では同園の人気者です。
本書は王子動物園元園長の筆者が自身の挿絵とともに、ズゼちゃんが遠く日本までやってくるまでの日々を感動の物語として描きました。

本書は紙版(A5判並製)でCATパブリッシングストアで先行販売されます。
CATパブリッシングストアズゼちゃん大好き
3月末(予定)にAmazonでも販売となります。
また電子書籍版は同じく3月末にAmazon、楽天コボ、紀伊國屋書店ウエブストアなどで順次発売となります。

当サイトの公開作品「もらった子ネコ、返します」が、この度書籍になりました。

タイトル:『もらった子ネコ、かえします
著者名:中村文人・文 みろかあり・絵
出版社:CATパブリッシング

本書の文は当サイトの主宰・中村文人、絵はみろかありさんが担当。装丁、本文デザインは、 ナークツインさんに担当していただきました。

以下のストアで発売されます。
・POD(紙版):700円+税
・電子書籍:560円+税

購入ははこちらから:『もらった子ネコ、かえします

「あっ、あー! それ! ソラにそっくり!」
孝太は絵を指差して大きな声で言った。
くるみ、ゆい、孝太の三人は学校で「芸術の秋」という宿題を見せ合っていた。みんな好きに絵をかいて持ってきなさいという宿題だ。
ゆいはクリとぶどうの写生、孝太は真っ赤なもみじをダイナミックにえがいたものを持ってきていた。

くるみの絵が上手いことはみんな知っているので、最後に見せることになっていたのだ。
「え、孝太はソラを知ってるの? この子、本当にソラっていうの。うちの新しい家族」

花開いたキンモクセイとローズマリーのある庭の風景。そして秋らしい真っ青な空のえがかれたくるみの絵はやはりだれよりも上手だった。そして、その絵には大きな犬が一頭かかれていた。そばには水色のゴムボールもある。

「あ! やっぱり。里親をぼしゅうしてたときに、うちも希望してたんだよ。その時は元の飼い主さんの知り合いのところに、トライアルに行ってるって聞いてた。そこでダメだったらうちにも来る予定でさ。あれ、くるみの家だったのか。くっそー! いいなぁ」
「うん、ごめんね。ソラは、うちの子になったから」

「くるみ、聞いてくれ。エルは、最期まで家族のみんなやくるみのことが大好きだったよ」
お父さんの言葉に、カッとくるみはほほを染めた。

「そんなの、わかんないじゃん! 犬はしゃべらないんだから。エルは、『なんでここにいてくれないの?』って思ってたかもしれない。悲しい思いさせたかもしれないっ! わたしは犬のこと好きになったら悲しいから、好きになるのをやめたんだもん。ソラは・・・ソラはべつに悪くないけど。お父さんは変だよ。犬なんてぜったいわたしたちより先に死んじゃうのに、どうして何回も飼おうとするの? 悲しいだけじゃない!」
くるみは言った。くるみは涙が出そうなのをこらえ、ぎゅっと口をとじる。
くるみをたしなめようとするお母さんを押しとどめて、お父さんはゆっくり、そしてきっぱりと言った。

「彼らと出会えたことが、幸せだからだよ」
「えっ・・・?」
「出会えて幸せだった。それはぜったいに変わらない」
くりかえしてお父さんは言った。

ソラがくるみの家にきて、明日で2週間だ。
今日もすがすがしく晴れている。庭で画用紙に色をぬるくるみの横に、ソラはねそべっている。何度も向こうに押しやってももどってくるので、くるみもとうとうあきらめた。
「部屋の中にいたらいいのに」

くるみは口をとがらせたが、ソラがいるのにもすっかりなれてしまって、そばによってこられるのも、正直いうとそんなに悪い気分じゃない。くるみがなでてやったら大喜びするんじゃないかと思うけど、それはいつもお父さんやお母さんがやってあげてるから、と、くるみは自分の気持ちにフタをする。

絵がいちだんらくするとのどがかわいていて、くるみはリビングにもどった。すると、さっきまでそろってテレビを見ていたふたりのすがたがない。そして、ろうかでひそひそとお母さんの声がするのに気づく。くるみはそっと近づいた。

「そうね、トライアルの間に、もしくるみの気持ちが変わるならと思ったけど。あれじゃ、くるみにもソラにもかわいそうなことになるかもしれない」
(トライアル? トライアルってなに?)
なにか深刻(しんこく)そうに話している様子に、くるみはドキッとする。しかも話しているのはソラのことだ。お母さんのため息が聞こえた。

「わたしはソラちゃん好きだったから、残念だけど。ソラの行く先は、もうひとつ候補(こうほ)があるんでしょう?」
「ああ、そこもうちと同じ三人家族で、息子さんも犬が好きだっていうから」
残念そうなお父さんの声が続く。
(ソラが、よその家にいく相談だ!)

それから数日たった、秋晴れの朝のことだった。
今日は祝日だ。平日の休みはあまりないので、くるみはなんとなくそわそわした気持ちでいる。
「今日は、スケッチ日和!」

庭にはり出したウッドデッキに出るなり、くるみはパッと顔をかがやかせた。キンモクセイの木の下には、ローズマリーの大きなしげみが育っている。さわやかな空に、こい緑がよくはえて、絵にするのにとてもいい。
くるみが画用紙と絵の具のセットを持ってきて、パレットに熱心に色を作っていると、大きいまどを開けたままだったのでソラがひょっこりと顔を出した。外のにおいをすんすんとかぐと、しばふの庭に飛び出していく。

「ちょっと、うろうろするとじゃまだよ!」
くるみがもんくを言うと、おうえんされたとでも思ったのか「オフッ!」ときげんのいい鳴き声を返して、ソラはおどるような足どりで庭で遊びはじめた。しばらくして落ち着くと、ソラはまたすっと部屋の中に入って、なにかをくわえてもどってきた。

「ソラ、ちゃんと足をふかないとダメだよ。え、ちょっとなに?」
ぬれた鼻面をぐいぐいとくるみに押しつけ、ソラはポトリとなにかを落とした。
水色のゴムボールだ。好きな人のところに持っていくと聞いた、あのゴムボール。