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8 星かげ

太陽は、一日ごとに、低くなっていきます。
ある日、とうとう、太陽は、地平にくっついたまま、横すべりして、その日を終え、次の日には、バラ色と金色の美しい帯を残して、地平線の下に、ぷちんと、消えました。
それから後は、もう、いつまで待っても、顔を出そうとはしませんでした。

アディが生まれて初めて出会う日没です。
でも、空は、まだまだ明るく、おだやか。
「星って、あれかしら」
アディは、深みをましていく空に、点々とともる、小さな光を見て考えます。
「赤いの、ないなあ・・・」

ペンギンの最後の一羽まですがたを消し、もう、残っているのはアディひとりです。
うすやみにしずむ雪の原。
さらさらと、風が流れ始めます。
アディは、首を縮めました。

「雪あらしが来るわ」
アディは、あらしで失くさないように、スクアノタカラを飲み込みました。
間もなく、ビュービューと、目の前が見えないくらいのふぶきになりました。
腹ばいになって、じっと、目を閉じているアディに、あらしは、ビシビシと打ち付け、痛いほどの寒さでしたが、そのうちに、何も感じなくなりました。

ただただ、眠くなりました。
どのくらい、眠ったのでしょう。

7 トウゾクカモメのじゅ文

モルテンは言いました。
「いいかい、空に星が現れたら、天のいただき近くに、とりわけ、明るい、赤い星をさがして、その場所を覚えておくんだよ。オーロラの姫君たちがダンスを始めたら、その星に向かって、初めのじゅ文を、こう、となえるんだ。
『モルテンの名にかけて』
それから、古代トウゾクカモメ語で
『ギャアギャア、ギャギャン、ンギャー!』」

「やだなあ、そんな変な声を出すの」
「やってみて!」
「グェーグェー、グェゲゲー、グエー!」
「それはペンギン語だろ! ちゃんと、トーカモ語、やって!」
モルテンは、アディに、何度も、練習させました。

「そうそう。そんな感じ。
うまくとなえると、星から赤い光が差して、スクアノタカラを同じ色にかがやかせる。
オーロラたちは、美しい宝石が好きだから、たまらずに、地上に下りてくるんだ。
そこを、がっちり、つかまえる!」
「わかった! それから?」
「つかまった姫は、放してくれるよう、たのむから、そこからが取り引きだ」
「取り引き?」

「ああ。弟を神様の庭から連れてきてくれって、たのむのさ。だけど、忘れちゃいけないよ、アディ、オーロラたちは、みな、自分勝手で、うそつきだってことを。
だから、姫が約束したからって、すぐにじゅ文を解いちゃだめだよ、名前を聞き出すまでは」
「わかった、名前を聞くのね」
アディがうなずくと、モルテンは、2つ目のじゅ文を教えました。

「これで、最初のじゅ文が解けるんだ。
『モルテンの名にかけて。
ンギャー! ギャンギャン! ギャアギャアギャア!』」
「さっきのが逆になっただけみたいね」
「注意して。びみょうにちがうよ」

6 スクアノタカラ

仲間が、どう、思っていようと、アディは構いません。じっと、モルテンを待っていました。
でも、なかなか、モルテンはもどってきません。
「だまされたんだよ、アディ。あんなやつのことはわすれた方がいいよ」
「そうだよ。それより、せっせと食べなくちゃ。夏は、いつまでも、続かないんだからね」
仲間たちは、そう、アディをたしなめました。

そうなのです。太陽は、地平を、一回りするたび、少しずつ、低くなっていきます。
それにつれて、光は、少しずつ、弱くなり、その分、風は、どんどん、冷たくなりました。
とうとう、ある日、ペンギンたちは、海岸からのぞむ遠い山々に、太陽が、ふっと、かくれるのを見ました。
雲は金色にかがやき、しばらくの間、山々は、美しいバラ色にそまりました。
それは若いペンギンたちが見る初めての夕暮れでした。
ペンギンたちは、そわそわ、なきだし、いつしか、歌になりました。

グェー グェー
夜が来る  夜が来る
お日様が おひっこしだ
北へ 北へ ひっこしていく
おいかけよう おいかけよう
あたたかい北の海へ!

この日から、ペンギンたちは、一羽、また一羽と、すがたを消しました。北へ旅立っていったのです。

5 モルテン

仲間たちとの毎日は、夢のように楽しいのに、アディは、どうしても、トトのことを忘れることができません。
海には、たくさんのカモメもいます。
空から海面に目をこらし、魚のかげを見つけると、ドボンと、水中につっこんで、つかまえるのです。
アディは、その中に、あのトウゾクカモメがいやしないかと、探すようになっていました。

そして、ある日、とうとう、アディは見つけたのです。
「あ、きっと、あいつだ!」
とぼけた顔に見覚えがあります。片方の目ははれて、半開きになっています。
「トトがぶつかったからだわ!」
アディは、すばやく、およいで、トウゾクカモメの後ろに回り、そのせなかに、ザンブと、大ジャンプ!

「うわあ、何だ!」
アディの重みで、トウゾクカモメはしずみました。
あわてて、うき上がろうとするトーカモを、アディは、両うでで、しっかり、かかえこみました。
もがいても、もがいても、トウゾクカモメは、しずんでいきます。

「あわわ、ブクブク、ブクブクブク・・・」
トウゾクカモメは、つばさをばたつかせ、やっとの思いで、水面に顔を出しました。

「だれなんだ! やめてくれ! 死んじまうじゃないか!」
「だめよ! ゆるさないわ! あんたはトトをさらって、食べちゃったんだもの! あんたも、おぼれ死んで、アザラシや、魚のエサになるといいんだわ!」

「トトだって!? そういう君はアディかい!」
「どうして、あたしの名前を!?」
アディはびっくりしましたが、トーカモをしめつけるのはわすれません。

 4 海

両親は、トトのことで、アディを、少しも、せめませんでした。
「弟の分まで、アディが強く、大きくなればいいんだよ」
親ペンギンの言葉通り、ふたり分のえさをもらって、アディは、どんどん、強く、大きくなりました。

子供たちは、だんだんと、親からはなれて、子供たちだけ、集まってくらすようになりました。
見た目は、まだまだ、もこもこ、灰色でしたが、大きさだけは、親たちと、あまり、変わりません。
それで、トウゾクカモメも、そう、かんたんに、手出しできなくなったのです。
子供たちは、身を寄せ合って、冷たい風や、雪あらしをふせぎながら、親が海から帰ってくるのを待ちました。
その間も、追いかけっこしたり、おなかをぶつけっこしたりして、遊ぶことは忘れません。

中でも、アディは、ずばぬけて大きかったので、走りっこも、おなかのぶつけっこも、いつも、一番でした。
「弟の分まで食べてるんだから、大きくなるのもあたりまえさ」
くやしいものだから、子供たちは、口々に言いました。
「弟はトーカモにさらわれたんだよな。かわいそうになあ、トーカモに食べられちまうなんて。だけど、あんなチビじゃ、トーカモも、食った気がしなかったろうな」
「あんなチビの弱虫、トーカモのえじきにならなくたって、どうせ、いつかは、こごえ死んでいたさ! アディは、あいつの分までエサをもらえて、運がよかったじゃないか!」
アハハハハ!
子供たちは、いっせいに、わらいます。

「うそよ! トトは食べられたりなんか、してない! きっと、どこかに、生きているのよ!」
アディがむきになるので、子供たちは、ますます、おもしろがって、からかいます。
「トトは、弱虫なんかじゃない! あんたたちなんかより、ずっと、勇気のある、強い子だったのよ!」
はやし立てる子供たちを、アディはおいかけ、おなかでつきとばし、上から、ドスンと、のっかって、ピーピー、あやまるまでゆるしません。

3 さらわれたトト

グェー! グェーゲゲー、グエーゲゲゲー!

急に、親ペンギンたちが、さわがしく、鳴き出しました。
「トウゾクカモメだ! ぬすっとだ!」
アディたちの頭の上を、何かが、さっと、飛び過ぎました。
「トーカモだ! 早く、巣にお入り!」
父ペンギンが、アディとトトを、自分の下にかくまいました。

でも、アディは、
「どうしたの? 何がおこったの?」
と、むりやり、父親の下から、頭を出して、外のようすをうかがいました。
すると、大きな茶色いつばさが、バサバサっと、飛び去るのが見えました。
「すごい! 空を飛んでる!? あれは何だろう!?」
「気をつけなさい、子供たち。あれはトウゾクカモメと言って、おまえたちをさらって、食べようと、いつもねらっているんだからね」

トトは、体を丸めて、ぶるぶる、ふるえています。
でも、アディは、トウゾクカモメの飛び去った空を、いつまでも、見やっていました。
「いいなあ、空を飛べるなんて! それに比べて」
アディは、自分の短いつばさを見やり、ため息をつきました。
「これじゃあ、とても、飛べやしない。ペンギンなんて、ほんとに、つまんない。地面を、よちよち、歩くしか、ないんだもの」

「ペンギンじゃなかったら、アディは、いったい、何になりたいの?」
トトが目を上げて、心配そうに、アディをうかがいました。
「あたしね、いつか、ぜったいに、空を飛んでやろうと思うの」
アディは、生き生きと、目をかがやかせました。

今度は、トトが、小さなため息をつきました。
親ペンギンたちは、やんちゃなアディが、空を飛びたいなどと、夢見ていることに気づきません。
気づいていたら、あるいは、あんなことは、起こらなかったかもしれません。

2 チビのトト

アディたちの生まれたペンギン村には、たくさんの巣があります。
「ねえ、見てごらんよ、トト!」
アディが、親ペンギンの下から、ひょっこり、顔を出して、言いました。

ペンギンの巣は、みな、ごろごろの小石でできています。
ペンギンたちは、その上に、立ったり、はらばいになったりして、ヒナたちを守っていました。
アディは、となりの巣の親ペンギンの足もとから、灰色の丸い頭が、ふたつ、のぞいているのを見つけました。
小さい口ばしが、ヒヨヒヨ、動いています。

「あはは! 石ころかと思った! へんてこな丸頭!」
「悪いよ、アディ。そんなこと、言ったら」
トトは、どぎまぎして、アディをたしなめました。

「どうして!? ほんとのこと、言っただけよ! ほんとにへんてこなんだもん!」
平気なアディは、ますます、大声。
となりのペンギン親子が、ぎろっと、アディをにらみました。

「おまえたちだって、へんてこじゃんか! もこもこ、丸頭だぞ!」
向こうのヒナが言い返しました。
「あたしたちは、もこもこ、丸頭じゃないよ! あんたたちがもこもこよ!」
すかさず、アディが言い返します。

「アディ、やめなさい」
母ペンギンが止めました。
「子供は、みんな、みっともない、もこもこなのよ。背がのびて、スマートなえんび服になるまでには、まだまだ、いっぱい、食べなくちゃならないの」

「そうだよ、アディ。ぼくたちだって、同じなんだから。悪く言っちゃいけないよ」
トトも言います。
「同じじゃないよ! あたしは、あんな子たちとは、ぜったい、ちがうの! 何よ、あんたまで!」
アディがトトをつついたので、
「こら、アディ!」
とうとう、母ペンギンのくちばしが、コツンと、飛んできました。

1 アディ

アディはアデリーペンギンの子です。生まれは南極。とてもさむい所。
でも、親ペンギンの羽毛の中は、とてもあたたか。南極の冷たい風も平気です。
となりにいる、ふわふわ、うぶ毛のヒナは、弟のトト。
少しだけ、アディの方が、はやく、たまごからかえりました。
だから、アディはおねえさんです。

グエッゲゲゲゲー
グエッゲー

アディたちを守っていた父ペンギンが、母ペンギンとあいさつしています。
母ペンギンは、遠い海にでかけて、エサをたんと食べて、はるばる、帰ってきたところでした。

6 リンゴ王妃の語ったこと

町のリンゴ売りのもとに、すっかりやつれたリンゴ王妃がもどって来たのは、何日かたってからでした。
「いったい、今まで、どこでどうしていたのだね!?」
父親がたずねると、リンゴ王妃は、わっと泣き出して、こんな話をしたのでした。

「大ガラスにさらわれた私は、湖を見下ろす丘の上に下ろされたの。そこで待っていたのは、あのうらない女だったわ。女は、水晶玉をかかえて、私を見て意地悪く笑ったの。
『おろかだねえ。おまえは知らなかったのかい、この石こそが、城を湖の底から持ち上げていたのだということを。おまえがそれをはずしてしまったから、ほら、見るがいい、城がしずんで行くよ』
本当に、私はそこから、私のせいでお城が湖にしずんで行く様をつぶさに見なければならなかったわ。王様も、お城の人々も、何もかも、道連れにして。
私は泣いて、水晶玉を返してください、お城を元通りにしてくださいとたのんだわ。でも、女は、きびしい顔で言ったの。

5 お城の最後

それから、また、何年もたちました。でも、湖の王には、やはり世つぎになる子供は生まれませんでした。
「いったい、いつまで待てばよいのか!」
身勝手なディドーは、気のいいリンゴ王妃をなじります。リンゴ王妃は、悲しくてなりません。

実は、リンゴ王妃には秘密がありました。
これまで、何度身ごもっても、生まれるのはいつも魚の形をした子供たちだったのです。
おどろいたさんばたちは、王には本当のことは知らせずに、赤ん坊は死んだことにして、そっと湖に返していました。
魚の子たちは、うれしそうに湖の中に消えて行ったのでした。

「このままでは、自分は、きっとお城を追い出され、王様は新しい王妃をむかえるわ」
リンゴ王妃は、ある夜、だれにもないしょでよく当たると評判の町のうらない師を訪ねました。
うらない師は、とっくに、リンゴ王妃のなやみを見ぬいていました。
「お気の毒な王妃様。でも、ご安心ください。あなた様のおなやみをすぐにも解決してさし上げますよ」
「本当ですか!?」
何とも心強い言葉です。
リンゴ王妃は、黒ずきんの下の女の顔を食い入るように見つめました。

うらない師は言いました。
「あなた様が魚の子しか生まないのは、ディドー王の先の王妃、リムニー様ののろいのせいでございますよ。実は、リムニー様は人間ではなく、おそろしい魔力を持つ妖精だったのでございます」

リンゴ王妃は、真っ青になりました。
「妖精ののろいですって!? いったい、どうしたらそんなのろいを解くことができるの?」
うらない師はにんまりしました。
「簡単でございますよ。のろいの力は、お城の天守にある水晶玉から発せられております。ですから水晶玉を取り除いてしまえば、あなたのお体はもとの健康を取りもどし、魚ではない、元気な人間の赤ちゃんをお生みになることでしょう。
ただし、王妃様、このことは、だれにもないしょでございますよ。あなた、おひとりの力でなさらなければなりません」
「でも・・・」