WEB版「BOOK& ~川越からの物語」展(3/3)

文・田村理江  

「これ、おくれ」
不思議な格好の男の子だ。浴衣のような、うす汚れた茶色っぽい着物なんか着ている。
梅さんは、卓哉を無視して、その子にチョコレートを差し出した。
「あ、ずるいぞ! ぼくが先だ!」
卓哉は、男の子の腕をつかんだ。
「こいつ、お金、はらってないぞ」
男の子のにぎりしめたチョコレートを、卓哉は力づくで奪い取った。

男の子は、わっと泣き出し、店の外へ駆けていった。
卓哉の耳に、いつまでも男の子の泣き声が残る。梅さんは、無言で、卓哉にチョコを渡してくれた。

気になった卓哉が、男の子の後を追い、駄菓子屋の角を曲がると、そこは見知らぬ街並みだった。
道のまん中にドブ川が流れ、土色をした、今にもつぶれそうな長屋が続いていた。井戸があり、小さな稲荷もある。

卓哉は、先を行く男の子の背中に向かって、
「チョコのひとつくらい、くれてやるよ!」
と、叫んだ。
男の子は振り返り、卓哉が乱暴にほおったチョコレートを、大事そうに胸でキャッチした。
卓哉は、足元の石ころをけとばし、また駄菓子屋にもどった。

田村理江 について

(たむら りえ)東京都生まれ 成蹊大学文学部日本文学科卒業。日本児童文学者協会第15期文学学校を終了。 第6回福島正実記念SF童話賞を受賞して、『ガールフレンドは宇宙魔女』(岩崎書店)を出版。 児童書の作品に『リトル・ダンサー』(国土社)、『夜の学校』(文研出版)、『魔の森はすぐそこに・・・』(偕成社)など。絵本の作品に『ふなのりたんていラッタさん』(フレーベル館)、『ハンカチのぼうけん』(すずき出版)など。 HP:田村理江のページ