楽園のクモ(2/3)

文・伊藤由美   絵・岩本朋子

ある日のこと、クモがいつものように機を織っていると、急に、ひんやり、冷たい風が吹いてきました。ユリの花々が、ブルブルと震えました。この野原にこんな冷たい風が吹いたのは初めてでした。
「何が起こったんだろう」
クモは胸騒ぎを覚えて、手を止めて、花の間にのぞく空を見上げました。心なしか、そこにいつもの輝きが感じられません。
しばらくして、ハナアブが血相を変えて飛んできました。
「大変なことになったよ、君」
ハナアブは叫びました。
「女神様のお婿さんが、さっき、亡くなってしまったんだ。女神様の止めるのも聞かずに狩りに出かけて、イノシシに突かれて死んだんだ。ほら、ごらんよ、空を。あんなに黒雲がわいている。女神様が泣いておられるからだよ。ああ、もう、何もかも、おしまいだ。結婚式もなしだ。冬が来るんだよ」

やがて、ハナアブの言ったとおり、冷たい雨が降り始めました。雨は草花を枯らして、何もかもを土色一色に変えてしまいました。女神が悲しみのあまり、大地のことを気にかけなくなってしまったからです。
それまで冬の寒さを知らなかった生き物たちは次々と息絶えていきました。そして、誰ひとり、歌うもののいなくなった大地の上を、風ばかりがビョービョーと吹いていました。
ハナアブは、ぼろぼろになった羽を引きずって、最後の場所を探してさまよっていました。あっちにもこっちにも、仲間たちの死骸が転がっていました。泥にまみれて、まだ、羽をばたつかせているチョウがいました。

「ああ、自慢だった羽があんなに汚れちまって・・・。子供のイモムシたちは一度も飛ばずに死んじまったんだろうなあ」
トンボも手足を胸で固く組み、地面に仰向いています。
「おいら、おとなしく、あいつに食われてやればよかったんだ。こんな風に無駄死にするくらいなら」
悔しさがこみあげてきます。
「おいらたちなんて、ほんとに、取るに足らないものなんだ。神様たちの目からみたら、ほんとに、ただの虫けらなんだ」
ブツブツ、つぶやきながら、ハナアブの重い足は、自然に、ユリの木の方へと向かっていました。

伊藤由美 について

宮城県石巻市生まれ。福井市在住。 ブログ「絵とおはなしのくに」を運営するほか、絵本・童話の創作Online「新作の嵐」に作品多数掲載。HP:絵とおはなしのくに

岩本朋子 について

福井県福井市出身。同市在住。大阪芸術大学芸術学部美術家卒。創作工房伽藍を主催。伽藍堂のように何も無いところから有を生むことをコンセプトでとして、キモノの柄作りからカラープランニング等、日本の伝統的意匠とコンテンポラリーな日用品(漆器、眼鏡、和紙製品等)とのコラボレーションを扱い、オリジナルでクオリティーの高いものづくりを心掛けている。また、高校非常勤講師として教えるかたわら、福井県立美術館「実技基礎講座」講師を勤める。