いすから去った王子(4/7)

文・伊藤由美   絵・伊藤耀

80日がたった時でした。
どこからか、年老いた女がやってきて、王子のひざにすがりつき、すすり泣きし始めました。

「どうか、こんなことは止めてください。あなたを失ったら、この母は、どのようにして生きていけばよいのですか」
「どうぞ、お帰りください、母上。私は、どうしても、やりとげなければならないのです」
王子は、弱弱しい声で、答えました。

「なぜですか。あんなに美しかったおまえの顔は、太陽で焼かれて、みにくい火ぶくれになっているではありませんか。体も、こんなにやせ細って、まるで、ほねとかわ。
こんなになったお前を、そ知らぬ顔で、見捨てておくような女を、妻にして、どうなるのですか。見た目は美しくても、心は石。お前は、決して、幸せになれませんよ」

母親がどんなにたのんでも、王子は、がんとして、いすから動こうとはしません。
とうとう、母親はあきらめて、泣く泣く、去っていきました。

伊藤由美 について

宮城県石巻市生まれ。福井市在住。 ブログ「絵とおはなしのくに」を運営するほか、絵本・童話の創作Online「新作の嵐」に作品多数掲載。HP:絵とおはなしのくに

伊藤 耀 について

(いとう ひかる)福井県福井市生まれ。福井市在住。10代からうさぎのうさとその仲間たちを中心に絵画・イラストを描き始める。2019年からアールブリュット展福井に複数回入賞。2023年には福井県医療生協組合員ルームだんだん、アオッサ展望ホールその他で個展開催するほか、県内アールブリュット作家展に出品するなど、活動の幅を広げている。現代作家岩本宇司・朋子両氏(創作工房伽藍)に師事。HP:絵とおはなしのくに