「あっ、すみません」
郷に入れば郷に従え。
あたしは、観察を開始した。
「・・・えっと、そうですね、お年はたぶん、77、8歳くらいでしょうか?」
ほんとは、まったく、推定不能!
よくわからんから、適当だ。
「身長は177前後、体重は65、6kg、眉はきりっとしていらっしゃいますし、鼻は高からず低からず、・・・昔は、・・・かなり昔は、おもてになったような気がしなくもないです」
「気がしなくもないとは失敬な!」
「す、すみません!」
「なあ、おまえ」
「なんでしょうか、おじいさん」
「わいは、おまえの、じいさんやない! 佐熊山策作という」
「サクマ、ヤマサク、さん、ですね? 了解しました。で、あたしは、おまえではない! ってことで、安達ケ原来月です」
と、言ったとたんに、じいさんの目つきが変わった。
あたしは、おまえではない! は、まずかったか?
初対面だし、それになにより、年配のお方だし。
こんな時に白状するのもなんだけど、あたしは、失言が、激しく多い。
「勝手に了解するでない! キツツキ。区切りが違う、区切りが! それに、それでは、抜けサクだわい! 姓は佐熊山、名は策作。佐熊山の佐は、人偏に左。左はわかるな? 右の反対側、ひらがなのりの字の短い方がある方や。さらに言うなら、61代62代63代内閣総理大臣佐藤栄作の佐・・・」
って、そっちですか?
失言に対してのお怒りでは、ないのですね。
なんて、ホッとしている場合じゃなかった。
佐。熊。山。策。作。
全ての漢字の説明が、延々と続く。
あたしは、「キツツキではなく、来る月と書いて、キツキです!」と、自分の名前を訂正してる暇もない。
この地方には、自分を観察しろと迫るばかりではなく、自分の姓名をなす漢字を、一文字一文字、部首や歴史上の人物を引っ張り出して説明する風習まであるのか・・・。
「そして、作は・・・」
最後の説明が終わった頃には、短かった影は長く伸びていた。なんてことは、ないけど、世界がちょっとかげって見えるくらいには、疲れた。
「わかったか、キツツキ」
「はい。佐熊山策作さん」
キツツキと呼ばれるのには、抵抗あり。
だけど、郷に入っては郷に従え、ってコトワザが、またしても頭をよぎる。
自分の姓名をなす漢字を、一文字一文字説明解釈していくだなんて・・・、ぶるる、考えただけで寒気がする。