四郎とオレ(1/7)

「うわっ! 電池切れや」
オレはJR新宿駅東口の人ごみの中で立ちすくんだ。スマホの液晶画面の電池マークが点めつしていたのだ。
オレ、山本幸平、小学6年生。5年生の冬に、父ちゃんの仕事の都合で大阪から東京に引っ越してきた。
今日、オレは新宿に参考書を買いに来た。でも途中で、ゲーム攻略本を読みふけっていて夕方になってしまった。
「電話、電話、公衆電話は・・・」
オレはあわてて探したが、携帯電話やスマホを持つ人が増えて、まちの公衆電話はどんどん減っている。なかなか見つからない。
「あった!」
かいだんの近くに公衆電話を見つけ、かけよった。
汚れた四郎「うわっ、なんや、えらい古い電話やなぁ」
今どき見かけない緑のプッシュ式の公衆電話だ。受話器をとってみると、電話のランプが消えているのに気がついた。
「あっちゃー、これ、使えへんやん」
オレは受話器をおいた。
「こんな時に、もう。こまったなぁ」
オレはあたりを見渡した。このへんに公衆電話はないようだ。
「母ちゃんに電話しないと、またおこられてしまう」
ためいきが出た。
「元気だしなはれ」
「えっ、だれや?」
オレはみまわした。あたりはサラリーマンや買い物帰りの人が足早に通るだけ。
「ぼくや。いま、きみがかけようとした公・衆・電・話」
オレは思わずふりかえった。まさか、電話が・・・。
でもたしかに、この公衆電話がオレに話しかけたような気がする。
「さぁ、はよ、テレホンカードを入れて」
「うわっ! なんで電話がしゃべるんや、しかも大阪弁やで」
オレは気味悪くなって、あとずさった。
「こわがらんでもええ。わけはあとで話すから。テレカ入れてみ」
電話はランプを点めつさせた。
「う、うん」
緑の公衆電話にうながされ、オレはテレカを入れた。
「お母さんに電話するんやろ。その前にぼくにちょっと話してみ。すっきりするで」
「う、うん」
「はよ、話してみ。なんでも聞いたるさかい」
そう言われても、すぐに話せない。
だまっていると「はよう、話してみ」と急かしてくる。
「オレな。大阪から東京に引っ越して来て5か月やねんけど、友だちできへんねん」
「そうかあ、やっぱり大阪が恋しいやろなあ」
公衆電話はやさしく聞いてくれた。
オレは小さいときのくせが出て、受話器のコードを指でいじりながら話しだした。
東京に出てきてから人前で話すとき、かっこ悪いから大阪弁を出さないようにしていた。でもこの電話には、大阪の友だちと話すときのように自然にことばが出た。
いつの間にか公衆電話相手に、学校のこと、気が進まない中学受験のことをぐちっていた。
「いろいろ話せて、なんかすっきりしたわ。電話さん、ありがとう」
「どういたしまして。いやなことあったら、いつでも来てな」
公衆電話がにっこりわらった。
「でも電話さん、なんでしゃべれるねん? しかも大阪弁で」
「長いこと電話やってるとな、知恵がついてしゃべれるようになったんや。大阪弁だけやないで、東北のことばも九州のことばもしゃべれるで。なんせ東京はいろんな地方出身者がおるさかい、お国ことばは、みーんなおぼえてしもた」
「また来るわ。電話さん」
オレは受話器をおこうとした。
「なぁ、『電話さん』はやめてえな。ぼくにも名前があるんやで」
「へぇー、電話のくせに名前か。なまいきやなぁ。で名前は?」
「四郎や。人呼んで『電話四郎』」
「でんわしろう? しゃれみたいな名前やな。オレ、幸平。山本幸平いうねん」
「幸平くん、元気でな。また来てや。そうそう、お母ちゃんへの電話、忘れたらあかんで」
そういうと、電話四郎はランプをつけたり消したりした。どうやらウインクのつもりらしい。
四郎のおかげで、ゆううつな気持ちがさっぱりした。
四郎にもう一度目を向けると、さっきと様子がちがう。
「おい、四郎。どないしたんや。なんか普通の公衆電話みたいやで」
「あほ! ぼくはもともと公衆電話や。もう仕事やから普通にもどってるんや。テレカ入れて電話せな」
「あは、そうか。ごめんごめん。」
オレは母ちゃんに電話をした。母ちゃんはめずらしく小言をいわなかった。