『スワン アンナ・パブロワのゆめ』
ローレル・スナイダー 文
ジュリー・モースタッド 絵
石津ちひろ 訳
BL出版
儚(はかな)げだが芯の強そうな少女が、古びたワンピース姿で夢見るように踊っている。そんな表紙に魅かれて『スワン』を手に取った。少女の背中から生えたレースのような羽は、特殊印刷が施され、キラキラ光る。光ると言っても、決して派手ではない。全体に色味を抑えたシックな印象の絵本で、それがきっと、きらびやかな舞台から離れた時の、アンナの性格なのだろうと思わせる。
日本に西洋舞踏を広めたロシア人・アンナに興味を持ったのは、私が20代の頃だ。東京新聞の日曜版でエッセイを書いていて、当時、鎌倉の七里ヶ浜にあった『パブロワ記念館』を取材したのが切っ掛けだった。アンナと同じパブロワ名でも、こちらは日本で初めてバレエ・レッスンを行ったエリアナ・パブロワの教室跡で、彼女の功績を称える資料やバレエに関する品が、海の見える洋館にひっそりと並んでいた。
その中に、アンナの写真もあった。代表作でもある『瀕死の白鳥』の1場面だろうか、まっ白な衣装で身をやわらかく屈めていた。とても優雅! とてもドラマティック!
大正11(1922)年に来日したアンナの美しい踊りは、センセーショナルを巻き起こし、バレエを大衆に広めたそうだが、1枚の写真を見ただけでも、観客の熱狂が想像できる。この絵本の中で、幼いアンナが初めて劇場に足を踏み入れた時、「目がくらむ」と表現しているが、当時の日本人にとってもバレエは「目がくらむ」芸術だったに違いない。
アンナは世界のいろいろな町や村に出向き、どんなステージでも心を込めて踊ったという。貧しい少女だったアンナが、バレエに憧れたのと同じように、この世界には「つぎのアンナ」がたくさんいて、夢に触れる機会を待っていることを知っていたから。
絵本では、旅先でのアンナを淡々と描き、その死さえも静かな踊りのように描いて締めくくる。本を閉じると、充足感が残る。
この絵本は、有名なバレエダンサーの偉人伝ではあるけれど、ありきたりの伝記と違い、アンナがふつうの、夢見る女の子だったことを教えてくれる。きらめく者になるには、才能や運以上に、夢を見続け、努力を止めないことなのだ、とアンナのささやきが聞こえるようだ。