お昼ごはんがおわって、みんなはサロンにうつった。
小さなステファノはヴァイオリンをとりあげて、くそまじめな顔になり、ふめんを見ながら重々しくひき出したのだけど・・・キィーッとなりだしたとき、チェーザレ氏とりつ子さんは思わず顔を見あわせた。
それからキィ、キィ、キィーとはじまるヴァイオリンの音に、二人は耳をふさぎたい気持ちになっているのがわかった。
でもがまんしているんだ。本人は一生けんめいだからきいてあげないとね。
音楽がちょっと中断したとき、すかさずチェーザレ氏が言った。
「すごいなあ、ステファノは。しょうらいは大ヴァイオリニストだな。アルビノーニの『アダージョ』って、とってもいい曲だね」
「これは、『アダージョ』ではないの。先生が、まだぼくには早いっていうから。これはね、モーツアルトの初歩のためのれんしゅう曲なの」
りつ子さんが吹き出したいのをかみころすのに苦労している。
「この人ったら、イタリア人なのに、アルビノーニのアダージョも知らないんだから」
ステファノは、われを忘れたようにひきつづけるのだ。まわりのことなんかなんにも頭にないってかんじ。りつ子さんも、「この子、えらいわねえ、根性があるわ」と感心してながめている。
玄関のベルがなった。
りつ子さんが出てみると,おとなりのリーザおばあちゃんがほほえんで立っていた。
両手に大きなチョコレートケーキをもって。
「おいごさんがローマからいらしたのね。いいわねえ、にぎやかになって。はい、これをみなさんでめしあがって。けさ、娘がきて作ってくれたのよ」
「まあ、すてき。主人もわたしも大好物なのよ。さあ、リーザさん、入ってくださいな。コーヒーでもいかが?」
「いいえ、これで失礼するわ。・・・バイオリンをひいているのはおいごさんなのね? 今まではきかなかったもの」
「そう、意外と真剣にやっているみたい。ローマではちゃんと先生についているんですって」
「えらいわねえ・・・ところでおねがいがあるのよ。気にしないできいてちょうだい。おいごさんのヴァイオリンのことだけど、しばらくたいざいされるんだったら、ひくのは朝と夕方にしていただけないから。午後からは、ほら、おじいちゃんがおひるねをするでしょ。だから・・・」
「わかったわ。ご心配なく。すぐにやめさせますわ」
おばあちゃんは、ほっとしたように帰っていった。
リーザおばあちゃんはとっても柔和で感じがいいけれど、おじいちゃんのほうは、りつ子さんもちょっと敬遠ぎみなのだ。あいさつをしても返事がかえってこないこともある。おじいちゃんはきょくどの神経質らしいのだ。2軒はあまりはなれていないので、りつ子さんはまどをあけているときは、テレビのボリュームなども、いくらかは気にしているくらいなのだ。