つい数年前まで、ハトは、元気に、仲間たちと、町中を飛び回っていました。
えさに困ることはありません。人間たちのそばで暮らしていれば、何かと食べ物にありつけましたから。
でも、だんだん、年を取るうちに、遠くまで飛べなくなりました。
それで、それほど苦労しなくてもえさにありつける駅のまわりで過ごす時間が、どんどん、長くなりました。
「少し前まで、私は、仲間から『長老』と呼ばれていたんだよ」
ペデストリアン・デッキに集まるハトたちは、年老いたハトを尊敬していました。
えさをあさっているとき、人間が近づいてくると、ふつうのハトなら急いでにげます。
でも、年老いたハトは少しもあわてず、にげるそぶりもありません。それどころか、堂々と歩き回る年老いたハトを、人間たちは、逆に、遠回しに、さけて通って行くようすです。
「大したものだな。彼は人間におそれられ、敬われているみたいだ」
「ああ。きっと、彼がたくさんのことを経験してきた知恵者だと、自ずと人間たちにも伝わるんだろうな」
こうして、彼らは、勝手な思いこみで、年老いたハトを「長老」と呼ぶようになったのでした。
ところが、「長老」の化けの皮がはがれる時が来ました。
あるとき、一人の男の子が、母親に買ってもらったばかりのおもちゃの剣をふりまわし、ハトたちを追い回し始めたのです。
若い元気なハトたちは、さっと、飛び上がって、この乱暴者からにげました。
でも、年老いたハトは、にげ切れずに、羽を打たれてしまったのです。
地面を、よたよた、にげ回るハトを、
「こらあ! ハトさんをいじめちゃ、だめでしょ!
」
と、母親が止めに入って、助けてくれました。
「ああ、危なかった」
ほっとしたハトでしたが、今度は、手すりから見下ろしている仲間たちの冷たい視線に気がつきました。仲間たちはくちばしを寄せ合って、こそこそ、話しています。
「なあんだ、人間の前で堂々とおそれ知らずだったんじゃなく、すばやく動けなかっただけなんだ」
「あのにげ足を見たかい? よろよろして、みっともないったらないよ。ハトの面よごしだ。あれじゃあ、『長老』じゃなくて、ただのオイボレだな」
「そうだ、そうだ、これからはオイボレって呼ぶことにしよう!」