ダヴィデの家を飛びだしてたぶん3日はたっている。ずいぶん歩いたと思う。そのあいだ車の下や、町工場のボイラーの近くのかべに身をよせて寒い夜をすごした。小さなネズミも2匹とった。
小さな広場にたどりついたとき、教会の十字架が小さなランプにふちどられてかがやいているのを見た。ああ、何てきれいなんだ。向かいの赤レンガの家の窓はこんもりと電灯がともっていて、とっても暖かそうだ。クリスマスツリーの赤や黄や青い豆ランプがてんめつするのがかすかに見える。もう、クリスマスはすぐそこらしい。
ぼくの記憶からいくと、今日はクリスマスイヴなのかも知れない。でも、はっきりしたことは分からない。何しろ空腹と寒さで神経がぼけっとして、のうみそがうまく回転しないのだもの。
ぼくがぼんやりと家の明かりを見あげていたときだ。窓べに1匹の三毛があらわれた。赤いくびわをした小さなネコは、お行儀良く座って窓の外をながめていたが、やがてぼくに気がついたようだった。大きく見開かれたあどけないひとみはふしぎそうにじっとこっちを見つめていた。
「きみはしあわせだな。まるで女王さまみたいだ。きみのご主人はきっとやさしい人だろうし、きみはぼくのようにひねくれ者ではなく、お気に入りのネコちゃんなんだろうね。クリスマスにはなにを食べるんだい? トリのペットをこんがりやいたもの? それとも赤肉の切り身にクルミのこなをかけたもの?」
きのうの夜から雪がふりだした。昨日はどこで寝たんだったっけ。そうだ、民家のうらにわのうさぎ小屋のゆかに体をくっつけてねたんだ。その近くにほし草が山もりになっていたから、その中にもぐってしまうと、いくらか寒さしのぎにはなった。金アミのむこうで大きなうさぎが1匹うずくまっていたけど、ぼくのけはいを感じてか、むっくりと起き上がった。ぼくの3倍くらいもありそうなずうたいのヤツは、ぼくを見るとそんな大敵ではないと思ったのだろうか、またうずくまって寝てしまった。
今日もずいぶん歩いた。町に近づいてきた気配だ。もうとっぷり日が暮れて一面銀世界である。いつのまにか雪はやんで、空にはたくさんの星がかがやいている。
小さな民家がたちならび、1本の木を見つけたとき、おや、と思った。まぎれもなく、あの見なれたサクランボの木にちがいなかった。たしかにそうなのだ・・・ということは、ぼくはいつのまにか家にもどって来たのにちがいない。雪の上のてんてんとした自分の足あとをふり返って思った。4日もかかってぼくは帰ってきたのだと。
すき間から倉庫にしのびこんだ。そして小さな穴をくぐって、こっそりと台所へ・・・あれほどきゅうくつなせまい穴だったのに、何てことだ、やせほそったぼくの体はやすやすと通りすぎることができるなんて。きっとこの4日間で1キロはやせてしまったにちがいない。かすかにきこえてくるあのジクザクジーという音は・・・あれはまぎれもなくミシンの音だ。サロンのドアはきっちりとしまっているけど、ステッラが仕事をしているのはまちがいない。クリスマスイヴだというのにご苦労なことだけど、これも、もとはといえば、ぼくの責任なのだ。
だんなのロメオはどこだろう。寝室のドアは少しばかりあけ放しになっている。わずかな寝いきがもれてきた。ぼくはしのび込むと、ロメオの寝顔に鼻をちかづけた。ロメオをながめていると、彼だけがぼくの味方のような気がする。でも、わからないさ、人間はきまぐれな動物なんだから。それに尻にしかれた男は、どうもシンがなさそうであてにならないもの。