「北極星」はいつも北の空に輝いている星なのです。
すべての星が時とともにその位置を変えるのに、「北極星」は、決してその位置を変えないのです。
動かない北極星は、旅する人々を正しい方位に導いてくれます。
迷ったときには「北極星」をさがせばいいのですからね。
だから決して道に迷わない運転手さんは、きっと自分の「北極星」を持っておいでなのでしょうね。
僕が毎日このバスに乗っていたのは、あの川を渡った先の山の向こうにある学校へ通っていたからです。
農業高校です。
自家用車を持たないものですから、路線バスに乗って、毎日毎日通っていました。
でもそれもきょうで終わりになります。
規則正しい日課のようにバスに乗るのも、これで最後でしょう。
きょうは高校の卒業式でした。
僕が担任していた三年生の生徒たちを送り出して、高校教師としての僕の役目は終わりました。
高校では理科を教えていました。
生徒たちに、細胞の形や遺伝の法則を教えたり、稲を植えて米を作ったり、ナスやきゅうりを育てたり、体育祭で応援に声を枯らしたり、文化祭で劇を演じ歌を歌ったりするのは、そりゃもう楽しくて手応えのあるけっこうなことでした。
けれども、僕の役目は他にあるような気がして、どうにもそんな気がしてならなくて。
運転手さんはどうですか。
そんな気になったことはないですか。
運転することより他に自分の役目があるように思えることは・・・
いえ、すみません。そもそも運転中にそのようなことを考えていては危険ですね。
自分の役目などと迷っていては目的の場所に着くことも危ういことです。
教師を辞めてどうするんだって・・・
はい、運転手さんの言われることは分かります。
僕は何年か前から、詩とか童話とか、まあちっともお金にはならないことなのですけれど、書いていまして。
いちど、童話集など出してみたりはしたのですが、これがまたさっぱり売れなくて。
出してくれた出版社に申し訳なく、親に借金して売れ残りを買い取りました。
でもどうであれ、それが売れようが売れまいが、もう少し、いや、もっとですね、もっと書いていたいと思ったのですよ。
川のほとりの小さな家でわずかな土地に、とうもろこしや白菜や馬鈴薯を育てながら、書いていたいと思ったのです。
書いたものは妹によく読んで聞いてもらっています。
妹はただひとりの僕の読者なのです。
北極星の夜(2/4)
文・北森みお