「どこの誰だったんですか、その人?」
声に力がこもる。
「さあね。さっきも言ったろ? 名前も知らない。だが、やつは主演の俳優をよく観察していたな。今でこそ謙さんは名優だが、当時は新人で、輝きはあったが端正な若者の一人に過ぎなかった。やつは謙さんの魅力を捉え、台詞に凝縮させた。謙さんはこの映画で開花した。わしも俳優一人一人に目を向けて書くようになった」
「―――大スターを生んだのも、人気脚本家を育てたのも、実はガリ切りの学生さんだった、と?」
「その通り」
石神氏はふたたび、ゆったりとソファに身体を埋め、晴れ晴れした顔で言った。
「ああ、重荷がとけた。あの世に行く前に、本当のことを知らせておきたかったんだ」
それからは型通りのインタビューが続き、一段落したところで、別室に控えていたカメラマンを呼んで、石神氏のポートレートや古い台本の撮影となった。
最後に石神氏は、
「良い記事を書いてください。気負わず、素直に」
門まで私を見送ってくれた。
庭先では遅い桜の散り際で、はらはら舞う薄桃色の花びらに囲まれた老脚本家の笑顔は、それ自体がドラマのようだった。
編集長になった自分の気負いは見破られていたな、と思う。ガリ版の話もまた、石神氏の創った一場面なのかもしれない。
『闇のしじま』の創作秘話は、私の心の中にそっとしまっておこう。そう決めたとたん。肩がフッと軽くなった。
(おわり)