『あるきだした小さな木』
テルマ・ボルクマン・ドラベス 文
シルビー・セリグ 絵
はなわかんじ 訳
偕成社
子どもの頃に大好きだった本が、今でも本屋さんに並んでいると嬉しくなる。『あるきだした小さな木』は、そんなロングセラーの一冊だ。
物語の主人公は、ちびっこの木。森の中で父母の木に守られ、楽しく過ごしていたが、森に迷いこんだ少年を見て以来、人間への憧れが募り、とうとう町を目指して歩き出してしまう。
ボルクマンの文章は、優しいおしゃべりのようで心地良く、セリグの描く60年代風な、フランスらしい色遣いの挿絵もオシャレ。
ちびっこの木が、たくさんの足(本当は根っこ)を土から引っこ抜く、漫画のコマ割りっぽいページが、子どもの頃、とても好きだった。
木が歩くなんて、そんなバカな・・・、と思う人でも、そのページを見ると、へぇー、これなら歩けるかも・・・と、ファンタジーが現実に取って代わる。
大人になった今は、ちびっこの木が真紅の薔薇で埋め尽くされた花壇に植えられ、むせかえるような甘い香りが伝わってくる場面にクラクラ。
このお話は、正統的な成長物語で、きっと誰でも安心して読めると思う。歩き出したちびっこの木が、様々な場所で、様々な人と出会い、嬉しいことも嫌なことも経験し、人生に一番必要なものを恋するカップルに教えられーーー、やがて砂漠に根をおろし、オアシスとなる。
ちびっこの木は、もう「ちびっこ」じゃなく、大人の樹になって、大胆な冒険や自由気ままな寄り道を卒業し、今はどっしりと、自分の元に集まる人々に、分け隔てなく安らぎを与えているのだ。
ラストシーンを再び読んだ私は、樹が立派に築き上げた包容力を、果たして自分は持っているだろうか? と、問いかけていた。