――べにちゃんのわからずや、おたんこなす! ネクタイなんてだめだめだよ! いいとこなんて本当はこれっぽっちもないのだから! 早く気づいて!
でもけして口には出さない。出せない。なぜならそんなことをいったら、べにちゃんは、きっとひどく悲しむと思うから。
それにぼくを嫌いになるかもしれない、それだけは絶対の絶対にいやだ。
「うん、ネクタイは男から見たって、魅力的だよね。べにちゃん見る目あるね!」
ぼくの舌は、けして天国へは行けないだろう。うそ1千万回の罪で、閻魔(えんま)さまに1千万回、舌を抜かれるだろう。
でもいいんだ・・・。
こうしていれば、べにちゃんは五月の木漏れ日を浴びているみたいに、ほがらかな笑顔を見せてくれるのだから。
これくらいの嘘は、なんでもないと思った。
「さっすが、たけちゃん!わかってるねー!!」
たけちゃんというのは、ぼくのことだ。
ところでぼくのべにちゃんは、ぼくんちの狩野(かりの)クリーニングの隣にある、小竹(こたけ)書店の一人娘である。
狩野 竹春(かりの たけはる)。
小竹 紅緒(こたけ べにお)。
ぼくらは幼なじみってわけさ。