春を泳ぐヒカリたち(3/11)

文・高橋友明  

――2年半ほど前のおだやかな秋の日、べにちゃんのお父さんが脳卒中(のうそっちゅう)で亡くなった。
そしておじさんが煙となって空へ昇っていった日から35日間、べにちゃんは夢遊病になった。35日間、べにちゃんは学校へいかなかった。

夜中にパジャマのまま玄関を開け、外に出かけていってしまうのだ。
はじめは近所の人たちが夢遊病だといい、次に病院にいくと医者の先生も夢遊病だといった。
でも本当は違うんだ、ぼくだけは知っている・・・。

なぜなら、ぼくもべにちゃんと一緒に真夜中に出かけていたからだ。
「夜、とてもさみしいの。お父さんのあたたかな声や大きな背中、おだやかに笑っている顔が、すぐそこにありそうで・・・。でもやっぱりないんだと気づくと、死んじゃたんだなと思うと、とてもたえられなくて・・・。それでここにきちゃうの・・・」

羽衣川(ころもがわ)のほとりに、天が原(あまがはら)セレモニーがある。火葬場(かそうば)。
辺りを田畑とアシの大草原に囲まれた、おだやかな地。
小竹おじさんが、昇っていった地。

べにちゃんは夢遊病だと診断された後も、二階にある自分の部屋に黒色のスニーカーを用意して、雨どいを伝って地べたに下り、こっそり天が原セレモニーに通いをつづけた。スニーカーはべにちゃんから相談され、ぼくとべにちゃんとで買ったものだ。

夢遊病ではないけれど、あのときのべにちゃんは普通じゃなかった。
真上にあった月が、地平にしずむまで泣きつづけていたこと、「もう生きていたくない。」と、何度も口にしたこと、「帰れ、あんたなんか大嫌い。」といって、ぼくをぶったこともあった。

高橋友明 について

千葉県柏市在中。日本児童教育専門学校卒業。 朝昼晩に隠れているその時間ならではの雰囲気が好きです。やさしかったりたおやかであったり、ピリッとしていたりする。 同様に春夏秋冬や天気や空模様も好きです。 そうしたものを自分の作品を通して共感してもらえたら幸いです。