あの頃のべにちゃんは気持ちが壊れていたのだと思う。
ぼくは、べにちゃんを助けてあげたくって、冗談をいってみたり、映画に誘ってみたり、望遠鏡を探し出してきて星を見ようといってみたりとした。
・・・でもなにをしても、べにちゃんを助けることはできなかった。
きっと、誰もそんなことできやしない、べにちゃん本人でさえ。
べにちゃんは、自分なりにお父さんの死をのり越こようと、お父さんのいない世界を受け入れようと、本当にもがいて、もがいて、もがきつづけていた。
誰にもどうにもできないことがあるんだって、ぼくは思い知らされた。ぼくにできることは、ただそばいることだけだった。
唯一、助けられるものがあるとすれば、それは時間だ。
35日目。
いつものように真夜中に家を出て、朝までここにいた。
ぼくはあの日の朝をけして忘れない。
東の空からばく大なヒカリがやってきた。空は高く青色を広げ、いったいのアシは風に吹かれて緑色の大海原となり、羽衣川の水色は止まることなく海をめざしている。
そして夜は明け、べにちゃんの長い長い夜も、いつの間にか明けていた。
いつの間にかって、とても大事なことだ。
大いなる、やさしい、時の流れだ。
べにちゃんはゆっくりと立ち上がった。ヒカリというヒカリを一身に集めていた。朝という朝を身体いっぱいに受け取めていた。