べにちゃんは世界を眺め、世界にまみれ、世界と楽しげなことでも話しているように見えた。だってべにちゃんは、微笑んでいたから。
ひと月ぶりの笑顔だ。
こんな小さな身体でべにちゃんは、目の前の世界を受け入れていた。小竹おじさん、べにちゃんのお父さんのいない世界を。
そしていったんだ。
「・・・世界ってすてきね。お父さんはこの世界にいないけれど、わたし、生きていけるんだ。たけちゃん、わたし達、この世界をあますことなく、生きていけるんだね」
ぼく思わず、泣いてしまった。べにちゃんに感動した。
べにちゃんを守ってあげたいと思った。
べにちゃんをいとおしいと思った。
べにちゃんとずっと一緒にいたいと思った。
こうしてぼくは、べにちゃんに初恋をした。
この日以来、天が原通いはなくなった。
――ふたたび群青色の窓を見た。変わらず、群青色はうすくなったりこくなったりをくり返していた。
眠りながら泣いたのはあのときのべにちゃんを思い出したからだけど、次に泣いたのは自分のため、片恋のせい。
ぼくはこんなにもべにちゃんが好きなのに、べにちゃんの好きな人は、ぼくではない。
べにちゃんは、ネクタイのことが好きなのだ。