楽園のクモ(1/3)

文・伊藤由美   絵・岩本朋子

「おや。あいつ、何をやってるんだろう」
いささか飛びつかれてもいたので、ハナアブは近くの葉っぱにちょこんととまると、羽の手入れをしながら見物し始めました。
クモの方は、てんで気がつかない様子で、枝から枝へと張り渡した足場の上で、長い手足を巧みに使い、どんどんと布を織っていました。
その美しさにハナアブは息を呑みました。何と、クモは降り注ぐ柔らかな太陽の光から糸を紡いで、幾百通りにも輝くまばゆい布地を織り上げていたのです。

「ううん、すごい。おいら、今まで、こんなきれいな物を見たことがないや」
ハナアブはブーンと飛び上がると、布地のまわりを、ブンブン、飛び回わり始めました。
「いやあ、なんてすごいんだろう。それにしても、いったい、だれのために作っているんだい、君は。これほどの物を」
ずっとそっぽを向いて作業をしていたクモが、初めてちらりとハナアブを見ました。
「女神様のためだ。もうじき女神様の結婚式だろ。これはそのための花嫁衣装なんだ。さあ、分かったら、さっさとあっちへ行ってくれ。仕事の邪魔だ」
答える間も、クモは少しも手足を休めません。
「ふうん。道理でなあ。いやあ、すごい、すごい」
ハナアブは何度もうなずきました。

伊藤由美 について

宮城県石巻市生まれ。福井市在住。 ブログ「絵とおはなしのくに」を運営するほか、絵本・童話の創作Online「新作の嵐」に作品多数掲載。HP:絵とおはなしのくに

岩本朋子 について

福井県福井市出身。同市在住。大阪芸術大学芸術学部美術家卒。創作工房伽藍を主催。伽藍堂のように何も無いところから有を生むことをコンセプトでとして、キモノの柄作りからカラープランニング等、日本の伝統的意匠とコンテンポラリーな日用品(漆器、眼鏡、和紙製品等)とのコラボレーションを扱い、オリジナルでクオリティーの高いものづくりを心掛けている。また、高校非常勤講師として教えるかたわら、福井県立美術館「実技基礎講座」講師を勤める。