楽園のクモ(1/3)

文・伊藤由美   絵・岩本朋子

それから、ハナアブは、ときどき、クモの仕事場を訪ねるようになりました。
クモはうるさそうに顔をしかめましたが、ハナアブの方は一向に気にせず、やってくるなり、ブンブン、飛び回って、まずは仕事の進み具合を点検し、それから、いつもの葉っぱに腰を落ち着けて、布地が出来上がって行く様子を飽きもせずに眺めていました。

クモの仕事は、一日中、ほとんど休みなく続けられました。
太陽が西に傾くと、クモの織り糸は茜色になりました。とっぷり、暮れてしまえば、神秘的な黒糸に月の光や星明かりが滴のように散りばめられました。明け方になると、神々しいばかりの金糸に目の覚めるような青糸が絡められます。
ハナアブはため息まじりに作業を見守っていましたが、そのうちに、花畑で起こる身のまわりの出来事をクモに話して聞かせるようになりました。

「ハチのやつらは、自分たちは女神様に蜂蜜を献上しているから、おいらたちとは格が違うって威張るんだ。『見た目はそっくりでも、おまえらは、ただ飛び回って、蜜を食っているだけの怠け者だ』ってね。おいらたちだって、花粉を運んで、花たちの役に立っているって言うのにだよ」
クモは答えずに、縦糸をキュッと引っ張ります。
「チョウときたら気取り屋で、ほんと、鼻につくよ。自分らが世の中で一番きれいだと思い上がっているんだよ。だけど、子供のイモムシの不格好と言ったらないんだ。笑っちゃうよな」
「ほう、そうかい」
今度は、横糸の緩みを気にして、キュキュッと、しごきます。
「トンボほど恐ろしいものはないよ。おいらたちより、ずっと、高く飛んで、あのでかい目で、ギョロギョロ、獲物を探してるんだ。あの強い顎に捕まったら、もう、おしまいさ」
「うるさいなあ。もう、ほっといてくれ」
クモはいつも知らん顔でしたが、それでも、ときどき、ふと、手を止めて、耳を傾けることもありました。

伊藤由美 について

宮城県石巻市生まれ。福井市在住。 ブログ「絵とおはなしのくに」を運営するほか、絵本・童話の創作Online「新作の嵐」に作品多数掲載。HP:絵とおはなしのくに

岩本朋子 について

福井県福井市出身。同市在住。大阪芸術大学芸術学部美術家卒。創作工房伽藍を主催。伽藍堂のように何も無いところから有を生むことをコンセプトでとして、キモノの柄作りからカラープランニング等、日本の伝統的意匠とコンテンポラリーな日用品(漆器、眼鏡、和紙製品等)とのコラボレーションを扱い、オリジナルでクオリティーの高いものづくりを心掛けている。また、高校非常勤講師として教えるかたわら、福井県立美術館「実技基礎講座」講師を勤める。