ある日、ハナアブが、いつものように訪れると、クモは珍しく、ひどく疲れた様子で、ぶらんと、糸の先にぶら下がっていました。体がとても小さく見えます。ハナアブは、何だか、クモが気の毒に思えて、
「ねえ、クモ君。ここは女神様の守る永遠の楽園じゃないか。みんな、毎日、食べたり、遊んだりして、楽しく暮らしているっていうのに、どうして、君だけが、そんなにあくせく働く必要があるんだい」
と、聞きました。
すると、クモは、おっくうそうに顔を上げて、
「おれは罰を受けているんだ」
と、言いました。
「罰だって」
ハナアブは思わず羽をふるわせました。
「おれはもともと女神様の神殿に仕える人間だった。ある時、女神様の機織りを見て、どうにも、やってみたくなり、女神様の留守中にまねてみたんだ。織りかけの布地は台無しになり、おまけに織り機まで壊してしまった。それを知った女神様はお怒りになり、『それほど織りたいのなら、望み通りにしてあげましょう』と、おれをクモに変えてしまったんだ。生涯、この場所にとどまり、ご自分の衣装を作るようにと」
「そりゃあ、ひどいことになったなあ。君はそれでいいのかい。逃げようと思ったことはないのかい」
ハナアブは叫びました。
「逃げるだって。おれは、今じゃ、こんなちっぽけな虫けらだ。女神様の定めに逆らうなんて、できっこないじゃないか」
クモはそっぽを向きました。
楽園のクモ(1/3)
文・伊藤由美 絵・岩本朋子