『しびと』
柳田国男 原作
京極夏彦 文
阿部海太 絵
汐文社 2021年10月30日刊
今回紹介するのは、怪談話で有名な小説家、京極夏彦さんが文章を手掛けられた絵本作品です。
民俗学者、柳田国男さんの「遠野物語」を原作とした作品で、ある村に古くから伝わっている怪奇話をいくつか取り上げています。
それは死んだ者があの世から帰ってくるという身の毛もよだつようなお話。
ある村に住むお婆さんが老衰で亡くなりました。お通夜の晩、火を絶やさぬよう、そのお婆さんの娘と孫娘だけが囲炉裏のそばで寝ずの番をしていると、誰かが裏口に立っていました。
そう、そこにいたのは、なんと死んだはずのお婆さん。その後も十四日の供養にもお婆さんが現れたといいます。
もしかすると突然の死によって、お婆さん本人は自分が死んだことに気づかず、生前の時のようにこの世を彷徨っていたのかもしれませんね。
この絵本ではもう一つ、このような死人が帰ってきたという背筋も凍るようなお話が続きます。ただそれは切なくも悲しい親子のお話です。つづきはぜひ絵本でご覧ください。
京極夏彦さんの独特の言葉選び、無駄のない秀逸な文章、字間から伝わってくる芯まで凍えるような怖さは圧巻です。
絵本という表現媒体は限られたページ数の中で、さらに絵によって伝わる部分はあえて文章は極力省くという制約があります。小説家が絵本の文章を手掛ける時、また違った難しさがあると言われたりしますが、その中でも絵を引き立て、人の心に恐怖という感情を引き起こす見事な文章力には心から感銘を受けます。
また、阿部海太さんの印象的な絵も見どころです。
阿部さんは東京芸術大学を卒業後、ドイツやメキシコに渡った経験を生かし、神話や根源的なイメージをモチーフとした絵本や絵画を数多く手掛けられています。
本作品は原色の赤や青、黄、黒を基調とした力強いタッチの油彩画で、象徴的でどこかこの世ではない異世界、独特の世界観も感じされてくれます。
あえて人物の表情を描かず佇まいからその心情を描く。この世の者ではない死人は、生気が抜けたような雰囲気として描かれている点にもまた注目していただきたいです。
怖い絵本を読む。いろんな感情体験を味わうことで子どもの感受性が育ち心を豊かになっていきます。
怖いお話が苦手な子も多いですが、きっと本作品に触れることでまた子どもにとっても貴重な体験になるかと思います。
ぜひ親子でゾクゾクしながらお楽しみください。